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2020-01-09 00:00
比較生産費説再考
池尾 愛子
早稲田大学教授
イギリスのD.リカード(1772―1823)は2国間で2種の生産物を産して貿易するケースを想定し、労働生産性を比較して相対的に優位(比較優位)にある生産物の生産を増やして輸出し、相対的に劣位(比較劣位)にある生産物の生産を減らして輸入すれば、世界全体の生産物の量は確実に増加するので、貿易による社会的な利益は得られると考えた。確かに一つの国がある生産物の生産に特化するまで貿易が進めば、世界全体の生産物は最大になる。
しかし3国以上になると、為替レートを考えなくてはいけないだろう。さらに比較生産費説は需要構造を考えていないので、自由貿易を支持する学説とみれば欠陥がある。それにもかかわらず、貿易問題や関連する経済政策を論ずるときには便利なので使われ続けているのだと思う。赤松要・小島清の(技術伝播による途上国の経済発展を描く)雁行形態論が、欧米の経済学者からの批判にもかかわらず東アジアで使われ続けているのとよく似ている感じがする。
雁行形態論は比較生産費説の概念を使って説明することができる。それは比較生産費構造の時間を通じての変化、比較優位構造の変化を意味するのである。つまり、比較劣位にあった国でも比較優位をもつことになる新技術が導入されれば、対先進国に対して比較優位構造を逆転しうるのである。20世紀後半になって、海外直接投資(FDI)を(政府による好条件の提供により)招き入れられれば、途上国において相対的先進国に対して、比較優位構造を逆転できることが実際に示されるようになったのである。
FDIによる技術移転、そして比較優位構造の逆転が起こっても、世界的に需要が伸長していればあまり問題はない。しかし需要の伸びが鈍化すると世界は過剰生産能力問題に直面することになる。世界レベルでの鉄鋼の過剰生産能力問題が2016年のG20杭州サミット以来指摘され続けているようだ。鉄鋼の生産設備は規模の経済性をもつ一方、設備の耐用年数は長い。技術進歩の速度はめざましく、後から設備を導入する国や会社では生産性の高いものを導入することができ、比較優位構造の逆転あるいは技術格差縮小につながっているようである。賃金格差と相まって先発国での鉄鋼産業が苦境に立たされているのである。「鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム」は2019年10月26日以降、どうなっているのであろうか。
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