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2019-07-30 00:00
『通産省と日本の奇跡』の新訳に寄せて
池尾 愛子
早稲田大学教授
アメリカのチャルマーズ・ジョンソン氏の『通産省と日本の奇跡』(1982)の新訳が2018年に出ている。最初の和訳は1982年に出ていて、通産省(現経産省)の職員たちが担当していたとある。2018年の和訳はアメリカの大学で博士号を取得した政治学者によるもので、1982年の和訳と読んだ印象が随分異なり、まるでジョンソン氏がそのまま書いたかのようなこなれた日本語の政治学書になっている。最初の翻訳では注が一部しか訳出されていないことに気づいてはいたものの、本文にも訳出されていない部分があったことには気づいていなかった。本書は、政治学者と経済学者の間で評価が大きく異なる書物であることは記しておきたい。
ジョンソン氏が書いているように、日本経済の発展を描き出したときに、通産省等の独特の役割に気づいたのは、ウィリアム・ロックウッド氏であった。彼編集の『日本における国家と企業』(1965年、邦題『日本経済近代化の百年―国家と企業を中心にして―』)では彼自身の「日本の『新資本主義』」と題する章において、それは「政府の手」と表現された。日本では中央政府に限らず、コミュニティ形成を目指す姿勢があることが他の章で指摘されている(日本では今でも「地方創成」が話題である)。1960年代、『ロンドン・エコノミスト』記者の現地取材を基にした日本特集記事も話題を呼んでいた。西洋人が見ると、近代化や成長、経済的繁栄を目指して、日本政府や地方自治体の絶えず経済過程に介入しようとする姿勢が気になって仕方がないようである。
E.J.カプラン氏の米商務省報告『日本:政府と産業界の関係』(1972年、邦題『日本株式会社』)では、日本のGDPが西ドイツのGDPを1968年に抜いたことを背景に、米民間コンサルティング会社に日本のコンピュータ、自動車、鉄鋼の3産業の調査が依頼され、その調査結果を活用して、「行政指導」(administrative guidance)にも光が当てられた。ロックウッド氏たちの共同日本研究プロジェクト等を参照にして、「日本株式会社」の実態を描き出そうとしたのであった。官民で合意があれば「行政指導」は効果的だが、それがなければ、民間企業はその「ガイダンス」通りには動けないことも書かれている。しかし「ガイダンス」通りに動かなければ、将来に不利益を被るかもしれないので、行政指導は「ニンジンとムチ」(carrots as well as sticks)の機能を持つとも示唆された。「sticks」が「棍棒」と訳されることもあるようで、その時には随分違った印象を与えることになる。ヒュー・パトリック氏とヘンリー・ロゾフスキー氏の大型共同研究プロジェクト『アジアの新巨人:日本』(1976年)においても、「行政指導」が大いに注目されたのだけれど、石油ショックによる大変化に遭遇し、勘違いも含まれ、出版当時の事情が分からなければ理解しにくいものになったと言わざるをえない。出版当時に日本経済に関心を持っていた研究者たちは、その便利で素晴らしい研究成果を利用し続けることになった。たとえば、行政指導についての議論は、都留重人氏の『日本の資本主義』(1993年、中国語訳あり)に盛り込まれている。ジョンソン氏の本では、行政指導に関して重複する議論が避けられていると思う。
上の新訳を読むと、1964年まで外貨割当により影響力を行使していたものの、それがなくなる前の1962年に「行政指導」が編み出されたようになっている。「行政指導」は『ロンドン・エコノミスト』誌においても注目され続けてゆく。ジョンソン氏が同誌から引用した1979年11月10日の記事の題は「下落する円への回答:為替統制」で、外国為替市場に参加する邦銀に対する大蔵省(現財務省)の「説得」に関するものである。最初の邦訳にはこれの注がなく、英文原書と新訳では掲載誌がわかり、記事にたどり着ける。ジョンソン氏の主張を裏付ける印象深い証拠の一つになっているので注意が必要である。ジョンソン氏が中国研究から日本研究にシフトしたため、彼の日本研究は中国でもよく読まれていて、「中国と日本はよく似ている」と主張されるときに、ジョンソン氏の日本研究が参照されているようなのである。来る9月には、国際学術交流、行政指導や経済計画等をめぐって中国の研究者や若者たちと議論することになっており、今から楽しみにしている。講義・講演は日本語で実施するが、英語で発表されている日本研究を使うことになる。英語というフィルターを通しての「戦後日本の経済史と経済思想」が大テーマであり、その後の学術交流にもつながるように努力したい。
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