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2019-06-24 00:00
電子クローネ構想とユーロ圏への接続
池尾 愛子
早稲田大学教授
担当授業で1997年の東アジア通貨危機や、2008年のアメリカのリーマン危機を取り上げると、学生から「ヨーロッパの状況を知りたい」とのリクエストを受けた。「よろしいですよ」と返事をしたので、手元の文献・文書を確認し、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)、スウェーデン中央銀行リックスバンク(Riksbank)のウェブサイトを閲覧した。ユーロ圏では、支払いシステム(TARGET2)と証券決済システム(T2S)の大掛かりな技術シフト(technological shift)が進行中である。各国間での制度調整(harmonization)を実施してきていることも強調されている。フィンテックの進展にいち早く対応したイングランド銀行に追随するようにみえる。ユーロ圏の作業は、ドイツの中央銀行ブンデスバンク、フランス中央銀行、イタリア中央銀行で行うとされているが、リックスバンクのウェブサイトによれば、イタリア中央銀行が実際の作業を担当しているようである。
リックスバンクは、ユーロを導入しなくてもよいことを確認したうえで、スウェーデンの支払い・決済システムをユーロ圏の2つのシステムへ接続するために、同国の民間部門と話合いを始めている。金融制度は、銀行や証券会社・証券市場など民間部門と公的部門が補完し合って成り立っているからである。最近では、スウェーデン通貨クローネは現金ではほとんど使用されなくなっているという。リックスバンクの「電子クローネ・プロジェクト レポート2」(2018年10月)によれば、多くの中央銀行で中央銀行電子通貨(CBDC)発行の可能性が研究されているという。フィンテックによる即時支払いは民間で開発され、途上国を中心に爆発的な普及をみせてきた。民間の支払いシステムにトラブルが発生した時に、中央銀行が何かできるように、「電子クローネ、digital-krona あるいは e-krona」の導入を提案しているとのことである。「マイナス金利政策」に最初に踏み出したリックスバンクが、デジタル化の先駆けの一角スウェーデンで、新しい試みに乗り出す意思を固めつつあるようだ。
リックスバンクは北欧諸国(the Nordic region)とも通貨について話合いを始めている。ノルウェーは1972年1月に欧州共同体(EC)加盟に向けて代表が署名までしたのであるが、国民投票の結果、ECに加盟しないことを選んだので、もちろんユーロ圏外である。デンマークは1973年にECに加盟したが、国民投票により共通通貨導入については僅差で反対に回った。1993年に欧州連合(EU)が誕生した後、スウェーデンは1995年にEUに加盟したが、共通通貨導入準備期にインフレ率が高めに推移していたので、ユーロを導入できなかったと聞く。この3国の通貨の名称はクローネで共通している。フィンランドは1995年にEUに加盟し、1999年のユーロ圏誕生とともに、国民通貨マルッカからユーロに移行している。
ECBのウェブサイトには、6月17-19日にポルトガル・シントラで開催された「ECB 中央銀行フォーラム2019」のスピーチが動画掲載されている。ユーロは20歳である。イングランド銀行のマーク・カーニー総裁、ECBのマリオ・ドラギ総裁、スタンレー・フィッシャー前米連邦準備制度理事会副議長が登壇した政策パネルも視聴できる。司会のファィナンシャルタイムズ紙記者の問いかけに対して、ECB総裁が「われわれは為替レートをターゲットにしない(We don’t target the exchange rate.)」と応答したことが確認できる。忍耐強く他の経済専門家のスピーチを聞くと、ユーロ圏に対して厳しい見解がかなりあることがわかる。銀行同盟(Banking Union)がまだで、資本市場同盟(Capital Market Union)設立も課題となっている。ユーロ圏では、ユーロを守るために、生産性や競争力を向上させる必要があると強調されていて、EUの外でも競争を激しくしている側面があることは否めないのではないだろうか。
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