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2019-05-17 00:00
(連載2)平和教育とは支配者による無抵抗教育
倉西 雅子
政治学者
マハトマ・ガンジーは、その無抵抗主義によってイギリスからの独立を勝ちとったインド独立の偉人、として一般的には理解されておりますが、同氏が唱えた無抵抗主義も、キリスト教やそれに由来する人道主義が通用し難い、アジア・アフリカに対する新たな支配のための思想戦略として生み出された、大アジア主義に由来することを知りますと、複雑な感情に襲われます。ガンジー自身も神智学の組織の一員であり、いわば、国家としてのイギリスによる直接統治から、インド利権を保持している国際勢力による、間接的な支配への切り替えに導いたに過ぎなかったのかもしれないからです。
そして、平和教育とは、支配国が被支配国の国民に対して、如何なる過酷な支配に対しても抵抗しないように教育することを意味するならば、それは、家畜に対する調教に等しくなりましょう。この点を考慮しますと、日本国の独立性、並びに、公平で公正な国際秩序の両面から「憲法第9条は改正されるべき」となるのですが、ただ一つ懸念が残るとすれば、それは日本国が‘鉄砲玉’にされる、あるいは、謀略によって戦争に巻き込まれてしまう事態です。
憲法改正を支持する勢力には、純粋に自国の防衛の強化を願う人々と、逆の意図から改憲を推進している人々の二種類がいるように思えるからです。偽旗戦略を推進する後者の人々は、徴兵制度の復活や、日本国土の戦場化による日本人大量虐殺をも想定しているかもしれません。
憲法第9条の改正には、日本国独立の保持と自国民の破滅という、二つの側面が表裏一体となっており、日本国民も思案のしどころとなりましょう。難題とはなるのですが、無抵抗を意味する平和教育については、警戒するに越したことはありません。そして、憲法第9条の改正を選択した以上は、他国や国際勢力に騙されたり、利用されないよう、細心の注意を払うと共に、国際法の下にあって主権平等を原則としてきた国際体系が破壊されないよう、その擁護者の役割をも担うべきではないかと思うのです。(おわり)
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