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2019-02-10 00:00
自由貿易と雇用調整
池尾 愛子
早稲田大学教授
「なぜ、自由貿易を推進するのですか」と学生から質問を受けることがある。「戦後、自由貿易を推進してきたのは、1930年代前半の貿易戦争により、世界の貿易が収縮してそれが各国の経済不況を長引かせることにつながった、という苦い経験がありました、つまり、一部の国が保護貿易主義を打ち出して、それが報復措置を呼び、経済停滞が継続して世界大戦につながったという共通認識があったからです」と回答することにしている。終戦後、自由貿易推進派が相対多数を占めたことは確かであろうが、第3のブレトンウッズ機関として構想されて憲章まで作成された国際貿易機関(International Trade Organization)が不成立に終わるなど、決して絶対多数にはならなかったのである。
19世紀イギリスの経済学者リカードの比較優位説はあまりにも単純である。2国間で2つの最終生産物(財)が生産され、この2財の貿易のみが想定されて、どちらか1国は比較優位がある、つまり、生産費構造上優位にある財の生産に特化すれば、2国経済全体として生産量を増やすことができる、それゆえ、貿易することが望ましい、との主張につながる。自由貿易を進めて、1国は比較優位のある財の生産に特化すべきであるとの帰結も含意されている。リカードの比較優位説は教室で教えられているものの、自由貿易の帰結として特化の理論、特化の状態まで教えている国もあれば、そこまで教えていない国もあるようだ。また、最終需要の構造、為替レートが考慮されていないので、貿易が行われるかどうかも実は確かではない。
貿易問題を考察するとき、比較優位の概念は便利である。生産費構造の相違を技術力の相違に読み替えれば、時間の経過とともに、技術進歩が起こり、新しい技術を導入できると、比較優位構造がシフトし、逆転する可能性を論じることができる。そうなれば、以前はもっぱら輸入に頼っていた財が、国内で生産できるようになり、やがては輸出できるようになる。日本では、赤松要氏が唱えた雁行形態論が有名である。遅れて工業化の途をたどってきた多くの国々に当てはまる歴史的事実である。赤松氏は、先進国が絶えず新技術を開発してゆかなくてはならないことも視野に入れていた。
21世紀に入り、鉄鋼産業の世界的設備過剰の可能性を最初に示唆したのは、民間のコンサルティング会社であったと思う。工業生産設備の耐久期間は数十年ある。新興国が新しい生産設備を導入し、輸入を減らして、輸出に転じたのである。2018年のG20ブエノスアイレス首脳宣言では、「OECD(経済協力開発機関)により支援される鉄鋼の過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム(GFSEC)により策定された具体的な政策的解決策を歓迎する」(28番)とされた。機械工業では生産設備だけではなくハイテク技術が体化された工業部品の輸出入も伴うので、貿易構造は非常に複雑になっている。世界的に需要が伸びていれば問題はないが、需要がそれほど伸びなければ供給過剰になり、雇用調整につながりうる。自由貿易を主張するときには、どの国でも雇用調整の対象者に配慮する必要がある。アメリカでの配慮が十分ではなかったのではないか――アメリカ以外の経済学者たちが危惧していることである。ワシントンDCにあるブルッキングス研究所の経済学者たちが、失業者のオピオイド依存症問題や、トランプ政権の保護主義的政策がアメリカの景気にマイナスの影響を及ぼしうる計測結果を出していることは伝わっている。しかし、十分な声がアメリカの経済学者たちから上がっていないのではないかと感じられるのである。
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