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2018-11-27 00:00
北方領土は戻らず棚上げのままか
中村 仁
元全国紙記者
安倍首相とプーチン露大統領との首脳会談が行われ、北方領土の返還交渉に変化が起きそうなことを首相側は匂わせています。北方四島は第二次世界大戦の終了直前にソ連軍が不法占拠し、かつては1万7000人も在住していたといわれる日本人を強制退去させました。ソ連に一方的な非があり、許せるものではありません。では、政権側が考えているとされる「2島(歯舞、色丹)の先行返還」は実現するのでしょうか。4島どころか、2島でさえ難しいと思います。交渉を阻む障害が多くあり、中でも米国が絡む軍事基地の扱いが最大のネックになり、残念ながら、どうにも身動きがとれないという状況が続くでしょう。
かりに2島が返還されることがあるとしても、ロシアが強く望んでいる「非軍事化」を米国が飲むはずはありません。「非軍事化」は、2島を日米安保条約から適用除外とし、米軍基地を造らないことを意味します。日本の領土でありながら、安保条約の適用除外とすることは、あり得ません。ましてロシアにとっては、北方領土から千島列島、カムチャッカ半島にいたるラインは、米国に対する防衛線です。国後、択捉両島には兵士3500人が駐留し、2016年に地対艦ミサイルが配備されました。だからロシアが2島を引き渡すことを示唆しても、主権の返還には応じないでしょう。主権を日本側に返還すれば、将来、米軍の基地が設けられる可能性があるからです。主権を返還しないことで、その可能性を消しておくのです。日本側からみて、ロシアが主権を握ったまま、2島を引き渡すことは、返還に値しないということでしょう。主権を返還しないならば、日本も返還に応じるわけにはいきません。尖閣諸島の扱いにおいても、悪い先例となりかねず、中国が悪知恵を働かせる可能性がでてきます。もともと、ロシアを敵視する米国は、日ロが接近することを好ましく思っていません。北方領土で日ロ関係がこじれているほうが望ましいのです。それが米国の国益につながると考えているのでしょう。まして軍事基地問題が絡むと、譲れないものは譲れません。
次に島が返還されるとしても、島に戻りたい、移住したいという日本人はどのくらいいるのでしょうか。戻りたいと願う旧住民がいたとしても、すでに高齢化しています。一般の日本人はどうかというと、本土が人手不足だというのに、わざわざ移り住む人は例外的でしょう。仕事も漁業か観光くらいしかありません。では、移住希望者の調査を政府か関係機関がしているかというと、聞いたことがありません。2島が返還されても、日本人が行かない島に、返還の意味があるのでしょうか。法的には、日本人がいようがいまいが、日本固有の領土を取り戻すことは国家の責務だから、十分に意義はあるという解釈で通すのでしょうか。もう一つの難問は、かりにロシアが返還に応じるとして、日本側の費用負担が発生します。住んでいるロシア人を移住させるのなら、「その費用を日本が持て」と言ってくるに違いありません。諸施設の移転費用も発生します。ロシアが投じたインフラ整備(道路、港湾)費用はどうするのでしょうか。そこでロシア人がそのまま在住を続け、インフラを使うことを認めることになるでしょう。返還されても、ロシア人の島だとなると、違和感が生じます。返還に伴い、巨額の費用が必要となります。財政赤字、財政再建問題を抱える日本にとって、「はい、分かりました」となる金額ではありません。何千億円はおろか、何兆円という規模になるでしょう。法的な価値はあっても、経済的水域が広がっても、経済的価値がはっきりしないものに国債を増発することに国民の理解が得られるのでしょうか。
北方領土交渉を担当した元外務省局長の東郷和彦氏は、「今回の日ロ首脳会談の結果を高く評価する」と、語りました。領土交渉は結果がでなくても、交渉をすること自体が必要だった外務省の建前からすると、そうなのでしょう。一方、国境学の岩下明裕・北大教授は「日ロ関係は平和条約がなくても、基本的に安定してきた。首相が平和条約にこだわるのは、自身の実績にしたいからだ」と指摘します。北方領土交渉というと、政治が何か大きなことをやっているという印象は与えられます。その会談の評価となると、新聞の社説は辛口です。「安易に譲歩してはなるまい」(読売、11月16日)、「拙速な転換は禍根を残す」(朝日、同)などです。会議は踊り、言葉は踊っても、領土問題は出口にたどりつけないのではないでしょうか。結局、棚上げ状態が続くような気がしてなりません。
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