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2018-07-25 00:00
(連載2)米中貿易戦争が示すアメリカの黄昏
六辻 彰二
横浜市立大学講師
これと対照的に、トランプ政権は「米国の利益」を強調することで、世界全体の利益に背を向ける傾向が強い。これは、超大国としての役割の放棄を宣言するに等しい。この論調の大きな背景には、自由貿易体制によってアメリカ自身の首が締まってきたことがある。グローバル化によって企業の流出によって中間層が失われたことや、中国に代表される反米勢力の台頭までも促されたことは、その典型だ。とはいえ、中国を狙い撃ちして一方的に関税を引き上げることは、アメリカが生んだ自由貿易体制を自ら侵食するものでもある。アメリカは現在でも世界最大の大国だが、世界全体の秩序を作り出す超大国としては長い黄昏の時期にあることを、米中貿易戦争は示している。
これに対して、「反保護貿易」を掲げる中国は、いまや「自由貿易の旗手」として振る舞うことさえある。しかし、それは中国が超大国の座をすぐさまアメリカから引き継ぐことを意味しない。現状の中国が、これまでアメリカがしてきたように、自由貿易体制を支えることは不可能だからである。先述のように、アメリカは国内市場を開放し、「世界最大の輸入国」となることで自由貿易体制を支えてきた。これと対照的に、中国はエネルギーや食糧に関して世界の大口顧客だが、それ以外の輸入に関しては制約が多い。中国市場には、進出する企業に対する技術移転の強要や映画フィルムの国別割り当て制など、いまだに閉鎖的な特徴が目立つ。これらに関して中国政府は「開発途上国であること」を前面に押し出して正当化する。
その一方で、中国は「世界最大の輸出国」として各国への貿易や投資を活発化させてきた。たとえ政治的に対立していても、貿易に制限を加えることを禁じるWTOの「無差別」原則は、中国の成長にとって有利な条件になってきたといえる。それだけでなく、中国の場合、WTOで開発途上国に認められている「一般特恵関税」を最大限に利用して輸出を増やしてきた。この制度は先進国に、開発途上国からの輸入に対する関税率を先進国からのそれに対する関税率より低く設定することを求めるもので、技術水準などの低い開発途上国と先進国の間の競争力のギャップを埋めるために導入されている。つまり、中国はWTOの「互恵原則」に縛られない形で貿易を行うことが公式に認められている。この一般特恵関税の適用を受けることは、中国は現在も自らを開発途上国と称している最大の理由の一つだ。
このように中国の自由貿易へのコミットは輸出に軸足があるため、その裏返しとして、これまでのアメリカと異なり、中国には国内市場を開放することで現状の自由貿易体制を維持するためのコストを負担する意志も力もない。むしろ、トランプ政権によって自由貿易体制が骨抜きにされ、アメリカ市場を閉ざされたとき、最も困るのは中国ともいえる。トランプ政権のもと、アメリカはいまだに他国をしのぐ力をもちながらも、自由貿易体制を維持するコスト負担を避け始めている。一方、中国は自国の利益のために国際的な秩序を活用しながらもコスト負担を避けており、「全体の利益すなわち自国の利益」という構造を作り出す超大国にはほど遠い。こうしてみたとき、米中貿易戦争はアメリカにとっては長期的な衰退を、中国にとってはいまだに遠い超大国の座への道のりを、それぞれ印象づけるものだ。言い換えると、世界をリードする超大国が実質的に不在になりつつあることが、米中貿易戦争でさらに鮮明になったといえる。ただし、アメリカ主導の秩序が長期的に形骸化した後、どんな世界が生まれるかは、まだ当分みえてこない。(おわり)
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