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2018-06-29 00:00
戦後の財産・請求権
緒方 林太郎
元衆議院議員
最近、よく「日朝平壌宣言に基づいて国交正常化をする」という言葉を聞きます。あれは概ね正しいのですが、国際法的観点から言うと「全く手つかずの部分があって、何が出てくるか分からないゾーン」があります。それは財産、請求権の部分です。国交正常化というのは、ザックリ言うと「正常化以前のあらゆる事は一度すべてチャラにする」という考え方に基づいてなされます。その「チャラにする」というのが、国際法で言うと「財産・請求権放棄」という事になります。例えば、日韓財産請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条3)では以下のように規定されています。「(略)一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」署名日は1965年6月22日です。在日韓国人の方の権利や、戦後通常のやり取りの中で生じた利害関係は丁寧に除いた上で、日韓双方がすべての財産、請求権を放棄しています。大体、国交正常化のフォーマットというのはこういうものです。
しかし、日朝平壌宣言では終戦時(1945年8月15日)以前の財産、請求権の放棄を謳っているに過ぎません。「(抜粋)双方は、国交正常化を実現するうえで1945年8月15日以前に発生した理由に基づく両国および両国国民のすべての財産および請求権を互いに放棄する基本原則に基づき、国交正常化会談においてこれについて具体的に協議することにした。」日朝平壌宣言の時点で終戦後の財産、請求権にまで踏み込めなかった理由としては「1945年8月15日以降、どういう財産、請求権が日朝間に生じたかが分からない。」、「拉致問題が放棄すべき請求権に入れられかねない。」という事があります。日本側が持っている債権としては、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の損害請求、貸付米の償還がかなり具体的ですが、それ以外にも具体的な財産、利益、権利として化体していないものはあるでしょう。
そして、私は北朝鮮側は絶対に「日朝関係に関する日本の自由民主党、日本社会党、朝鮮労働党の共同宣言(1990年9月28日)」を持ち出してくると思います。長いですが、結構衝撃的かつ重要なので出来るだけ引用します。「(抜粋)訪問期間中、衆議院議員金丸信を団長とする自由民主党代表団、中央執行副委員長田辺誠を団長とする日本社会党代表団、党中央委員会書記金勇淳を団長とする朝鮮労働党代表団間の数次にわたる三党共同会談が行われた。(略)1.三党は、過去に日本が36年間朝鮮人民に与えた大きな不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民が受けた損失について、朝鮮民主主義人民共和国に対し、公式的に謝罪を行い十分に償うべきであると認める。自由民主党海部俊樹総裁は、金日成主席に伝えたその親書で、かつて朝鮮に対して日本が与えた不幸な過去が存在したことにふれ、「そのような不幸な過去につきましては、竹下元総理が、昨年3月国会におきまして深い反省と遺憾の意を表明しておりますが、私も内閣総理大臣として、それと全く同じ考えである」ということを明らかにして、日朝両国間の関係を改善する希望を表明した。自由民主党代表団団長である金丸信衆議院議員も朝鮮人民に対する日本の過去の植民地支配に対して深く反省する謝罪の意を表明した。三党は、日本政府が国交関係を樹立すると同時に、かつて朝鮮民主主義人民共和国の人民に被らせた損害に対して十分に償うべきであると認める。(略)1990年9月28日平壌にて 自由民主党を代表して 金丸信 日本社会党を代表して 田辺誠 朝鮮労働党を代表して 金勇淳(引用終わり)」
何はともあれ、終戦時から現在までの財産、請求権の話は日朝平壌宣言には書いていません。現時点では交渉の指針として何の取っ掛かりもない状況です。そして、ここは日朝国交正常化の中では最も熾烈なやり取りが繰り広げられるでしょう。「戦後についても詫びるかどうか」という極めて思想と理念が絡む話です。しかも、与党としては「公式謝罪すべき」と一度文書に署名しているという事もあります。したがって、「日朝平壌宣言に基づいて国交正常化をする」というのは概ね正しいのですが、何が出てくるか分からないので触れていない部分があるという事には留意が必要です。
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