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2018-06-28 00:00
‘平壌裁判’は開かれないのか?
倉西 雅子
政治学者
米朝首脳会談において公表された共同声明には、朝鮮戦争の終結を意識した文言を見出すことができます。かねてより、北朝鮮は、アメリカとの直接交渉によって平和条約締結を実現し、米朝関係を正常化する戦略を追求してきました。今般、アメリカも、この方針を受け入れたように見えますが、朝鮮戦争の発端に思い至りますと、この解決方法は、国際社会における法秩序、並びに、人類のモラルの崩壊をもたらしかねません。何故ならば、朝鮮戦争とは、国連安保理でも認定された北朝鮮による侵略戦争であったからです。第二次世界大戦にあって、ドイツと日本の両国は、連合軍が設けた国際軍事法廷、即ち、ニュルンベルク裁判と東京裁判によって戦争責任者が厳しく断罪され、裁かれました。当時にあっても、事後法の遡及となるため、刑法の原則に反するとする批判はあったものの、これらの裁判は、国際法秩序形成への一里塚として正当化されたのです。法秩序を尊重するこの基本原則は、朝鮮戦争に際しても貫かれており、国際法において定められた南北境界線である38度線を越えて韓国領に侵入した北朝鮮に対して、国連安保理は明確なる侵略認定を下しています。そして、ソ連邦の欠席による安保理決議成立とはいえ、侵略国家と戦うための軍事組織として‘国連軍’が結成されたのです。
この経緯を考慮しますと、朝鮮戦争とは、アメリカ・韓国陣営と中国・北朝鮮陣営の間で発生した通常の‘戦争’ではありません。侵略国家対国際社会(国連)の構図で捉えるべき戦争であり、正確に言えば、北朝鮮の侵略戦争を排除するための、軍事制裁としての武力行使であったのです(この意味において、朝鮮戦争とは侵略戦争+軍事制裁の二重戦争である…)。実際に、この当時、米韓同盟は未だ存在せず、アメリカ軍が軍事行動に参加する正当な根拠は、上記の国連安保理決議にありました。つまり、アメリカは、‘世界の警察官’として、法秩序の下で平和を守るという自らの義務を引き受けたのです。軍事介入した中国に至っては、侵略国家の側に加担したのですから、いわば、‘共犯者’の立場にあります。
ところが、今般の朝鮮戦争終結をめぐる各国の動きを見ますと、朝鮮戦争が、国連が認定した侵略戦争であった事実が忘却されているかのようです。おそらく、その背景には、同戦争において侵略側、即ち、国際軍事法廷の被告席に座るべき北朝鮮、中国、そしてロシアの意向が働いていることは容易に想像できます。これらの諸国は、朝鮮戦争を‘南北戦争’、あるいは、‘米朝戦争’にすり替えることで、自らの侵略行為を誤魔化そうとしているのでしょう。最終的に米朝二国間、あるいは、中国、韓国、あるいはロシア等の諸国による平和条約締結に持ち込めば、戦争責任者の追及や処罰のプロセスをカットできる上、経済支援まで引き出せるからです。これまでのところ、アメリカのトランプ政権も、この路線に引き込まれてしまっているかのようです。しかしながら、国際社会の法秩序の観点からしますと、この‘解決策’は、人類を堕落させる怖れがあります。侵略行為が公然と追認され、捕虜虐待といった通常の戦争法における違法行為さえ不問に付されるからです。こうした北朝鮮、並びに、犯罪国家陣営に対するあまりにも寛容な対応には、多数の死刑者を出すなど、厳罰に処されたドイツや日本国には承服できないでしょうし、何よりも、善悪の判断放棄を伴う国際法秩序の崩壊がもたらされます。米朝首脳会談共同声明でも、両国の関係を‘緊張状態’並びに‘敵対関係’と表現し、その克服を記していますが、朝鮮戦争が侵略戦争であった事実に鑑みますと、この表現は、歴史における事実を歪めています。警察官と犯罪者の関係は、対等な者同士の平凡な対立関係に巧妙に置き換えられているのです。
法的論理一貫性を以って朝鮮戦争を終結させるには、まずもって、侵略の責任を明らかにする必要があるのではないでしょうか。中国やロシアが国際法を踏み躙る行動を繰り返す中、“平壌裁判”なき戦争の終結は、全世界の無法地帯化に拍車をかけかねません。米朝首脳会談が近い将来‘第二のミュンヘンの宥和’とならないためにも、通すべき筋を通し、なし崩し的な対北朝鮮融和策には人類史的な視点に立って歯止めをかけるべきではないかと思うのです。
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