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2018-06-20 00:00
(連載2)海洋帝国・英国の存在感と中国の思惑
鈴木 美勝
専門誌『外交』前編集長/ジャーナリスト
米国の国家戦略にとって、英国との同盟関係はこの上なく重要で、「特別の関係」にある。だが、同盟関係は永遠ではない。国際政治の大変動期には、既成秩序の枠組みには歪みが生じ、国家関係は大きく揺らぐ。2012年、習近平が中国共産党のナンバー1になって以後、海軍力を強引に外洋化させる巨大国家中国の動きによって、世界が波立つ。国際的地殻変動を背景に、英国も国益を守るために動く。今、ここに、大英帝国時代の政治家パーマストンのあまりにも有名な政治的箴言を想起する必要がある。政治/経済/軍事/科学技術など幅広い分野において、世紀単位の変動が起きている点を考慮すれば、パーマストンの箴言は今や、拳拳服膺(けんけんふくよう)しておくに値するものだろう。「英国には永遠の友も永遠の敵もいない。あるのは永遠の国益だけだ」。19世紀の英国は、海軍力と銀行業を基盤に、過去にはない世界規模の貿易/通商を展開した。米英両国は、言語(英語)を共通語として「特別な関係」にある同盟国とはいえ、第二次世界大戦後の1950年代、ある時はイランの石油国有化をめぐり、ある時はまたエジプトのスエズ運河国有化をめぐり、利害が対立した。それでも、安全保障面では緊密な関係を維持してきた。
しかし、英国は<時代の趨勢/時勢>、即ち大情況の変化/時の移り変わりというものには非常に敏感な国家だ。1970年代初頭、「パックス・アメリカーナ」を支えていたスミソニアン体制に綻びが生じると、欧州大陸との距離を縮めた(1972年のEU加盟)。また、中国の台頭が著しい昨今では、中国が提唱したAIIB(アジア・インフラ投資銀行)に先進国の先陣を切って加盟への名乗りを挙げた。これは、同盟国アメリカも直前にしか知らされない唐突な出来事だったが、その分、世界に与えた衝撃は大きく、以後、主要な先進国がAIIBに雪崩を打って加盟する引き金となった。背景には、顕著な中国の台頭と米国の陰りに象徴される<時勢>/大情況の激変がある。<大情況>の激変及び変質。即ち、米ソ両超大国が対峙した冷戦時代から冷戦終結後にやってきた米一極支配の時代、そして世界ナンバー1をうかがう巨大国家・中国と隆盛のピークを過ぎたアメリカの米中(G2)時代へ。国際秩序が大きく変化する兆しを見せる中で、取り分け注目に値するのは、米国最強の同盟国イギリスの動きだ。冷戦終結後、英国は米国と共に金融グローバリゼーションを推進、NYウォール街と並ぶ国際金融の二大拠点としてのシティーを目指した。ところが、2008年の米リーマンショックは、英国の対外的舵取りを大きく変化させた。その一つの回答が、AIIBへの参加決定だった、と言えるだろう。
<時勢>を反映するような動きは他にも見られる。2019年の来年は冷戦終結宣言から30周年。冷戦後の地中海をめぐるパワーゲームの舞台は、オバマ米大統領時代に生じた変化の様相がトランプ米政権の登場によって形を整えつつある。ロシア・プーチン大統領は内戦状態のシリアに軍事介入し、アサド政権支持を明確にしたが、2015年、シリア・ラタキア市南東部に位置するバーセル・アル=アサド国際空港に隣接する空軍基地を建設した。それがフメイミム空軍基地だ。16年12月、シリア政府軍によるアレッポ奪還作戦では、アサド政権を軍事的に支援し、爆撃機の離発着など基地機能はフル回転した。加えて、レバノン国境近くシリアのタルトゥースは、ロシア海軍・黒海艦隊の補給・艦船メンテナンス重要拠点と言われ、冷戦時代以来、その役割は再び強化されている。タルトゥースは、地中海に面するシリア二大港湾の一つであると同時にシリアの主要基地。アサド大統領と同じ宗派のアラウィー派住民が多いこともあり、アサドの硬い政権基盤となっている。以上のようなシリアにおけるロシアの軍事的プレゼンスの拡大は、帝国復活に向けた「プーチンの夢」の一端を象徴している。ロシアの動きを警戒する米国は、米東部沿岸と大西洋北部を担当する米第2艦隊を復活・再編すると発表した。
<時勢>が刻一刻一刻移り変わる中で中国が着目しているのは、海洋帝国・英国の存在だ。「海はひとつ」という点を中国も理解しているとすれば、今なお豊富な海洋インフラを有する英国の存在を軽視するわけにはいかない。英王室と英語で結びついている53か国のイギリス連邦の中核に位置する英国は、陰に陽に国際政治に影響力を持っている。現に英国は2015年、中国主導のAIIBに先進諸国の中の先陣を切って出資を表明。他の欧州勢が続く切っ掛けをつくった。同年秋、英国を公式訪問した習近平国家主席は、キャメロン首相(当時)の英国との両国関係を「黄金時代」と呼び、蜜月関係を精いっぱい演出した。海が地政学に及ぼす影響を考えるならば、アルフレッド・マハンが指摘したように、国家の通商/交易は軍事力(シーパワー)と表裏の関係にある。その点、中国の「一帯一路」を単に「巨大経済圏構想」と呼称するのには疑義がある。その観点からすれば、「一帯一路」は政経一体。その拡大には、必ず軍事力に裏付けられた覇権の拡大につながっていく点を見逃してはならない。欧州連合(EU)からの離脱を決めている英国は、トランプ政権の登場もあって中国などEU域外国との関係強化を模索している。しかし、対中国関係において今の米国と決定的に違う点がある。トランプ政権が外交戦において中国のウィークポイントである「人権」問題で釘をさすことをしなくなったが、英国は自ら歴史的因縁を有する香港の現状に触れて、民主国家としての立場を明確に伝えている。2018年2月、メイ英国首相の公式訪中を受けて行われた中英首脳会談の席上、習主席は、金融、原子力発電、投資などの領域で英国との協力を深化させる方針を強調、かのシェークスピア劇の一節「過去はプロローグ(序章)にすぎない」を引用する形で、新たな中英関係の構築を呼びかけた。習主席が提唱したシルクロード構想「一帯一路」の推進や経済・投資分野での協力拡大には、メイ首相も「世界的に大きな影響がある」と賛同。貿易、投資、科学技術、環境などの分野における「実務レベルの協力強化」に留めおいた。が、その一方で、香港立法会(議会)選挙で民主派政党幹部の立候補が無効となった問題に言及した。「一国二制度」の重要性を繰り返し主張することによって、香港の高度な自治や権利・自由を軽視する中国の対応に「懸念」を表明したわけだ。民主政治の母国である英国は中国にとって、ある意味、米国より手強い相手と言えよう。(おわり)
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