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2018-06-19 00:00
(連載1)海洋帝国・英国の存在感と中国の思惑
鈴木 美勝
専門誌『外交』前編集長/ジャーナリスト
人は太古から海に漕ぎ出し、やがて海を交易の道とし、あるいは海を舞台に覇権拡張の戦いを繰り広げてきた。15世紀、大航海時代の幕が開かれると、ポルトガル、スペイン、オランダ、続いて英国、米国、二つの海洋帝国が世界秩序構築の主役となった。そして21世紀、トランプ米政権の登場。「パックス・アメリカーナ時代」への逆流はなくなった。米国のプレゼンス縮小によってあちこちに生じる「力の空白」の隙間を、中国がこじ開けるように割り込む。「一帯一路」海上シルクロード構想は、地球規模の海洋覇権掌握への地ならしである。新たな海洋秩序構築に向けて米中ロなど大国のパワーゲームが本格化する中で、豊富な海洋インフラを抱える英国の重要性を「海の地政学」の観点から考える。英国の船乗りたちが好んで使う言い回しに「海はひとつ」という表現がある。海と空の青が接する水平線の彼方から積乱雲が沸き上がるインド洋、大型船をも翻弄するように強風でマリンブルーの海面が白く泡立つ地中海、また大型客船「タイタニック号」が氷山と衝突し沈没した北大西洋の海域は朝な夕なに靄が立ち込め、東西南北四方の視界を遮る。地球をおおう世界の海には様々な表情があるが、見渡す限り海だけが広がる世界で日々過ごす船乗りたち、彼らに、遠洋航海に不可欠な三要件とは何かを問えば、一に海図、二に羅針盤、そして三に寄港地という答えが返ってくる。第一の海図。遠洋航海に必要なのは、無数に存在する海洋、海域、湾、海峡、運河、港湾、河川などの水深、季節ごとの天候を反映した海流/潮流を記した海図だ。例えば、大型船で世界一周クルーズを計画する船長は、航路計画に沿って必要となるすべての海図をまず入手する。その海図を世界規模で豊富に保有しているのは英国だ。第二の羅針盤。今や船舶、艦船の操舵はコンピューター制御での操作が可能と言っても、方位と距離を測定するツールとしてコンパスや三角定規は海図と共に欠かせない。
そして、何よりも重要性を増しているのが第三点の寄港地だ。21世紀の海洋帝国を目指す中国は今、世界規模で必死に寄港地づくりを急いでいる。対象国を借金漬けにして港湾管理権を握る強引な手法—インド洋「真珠の首飾り」戦略の中でスリランカ(ハンバントタ港)が中国の術中に嵌まった一件はほんの一例に過ぎない。しかし、世界の大洋/海域は海峡/運河/水路で互いに結びついており、新たな秩序づくりには様々な事情が関わってくる。とりわけ艦船の寄港地の場合は、安全保障次元で政治/外交が絡む。例えば、英国の場合。地理的には、ドーバー海峡によって欧州大陸とわずかに隔てられた、物理的には小サイズの国家ながらも海洋帝国として世界に君臨した歴史を有する。確かに、「パックス・ブリタニカ時代」の輝きは薄れた、とは言え、今なお保持するその海洋インフラは、依然として健在だ。特に、冷戦時代の世界秩序を構築し、ポスト冷戦期の米一極時代を仕切った米国の世界戦略における最重要の同盟国として、英国は掛け値なしに貴重なパートナーであり続けている。
大西洋と地中海をつなぐ最狭幅わずか14㎞の国際海峡を常時監視するジブラルタル、また、かつて植民地だったマルタ、キプロスは英米両軍の艦船に対する補給基地としても機能している。とりわけ、米第6艦隊の担当海域、地中海の制海権に欠かせない寄港地だ。地中海は、陸地に囲まれた海。フランスの歴史学者フェルナン・ブローデルは、欧州とアフリカ大陸とが形成する海上の道、交通路/交易路で人々が織り成すこの世界を「文明の十字路に立つ地中海」と呼んだ。<地中海>は一つではなく、<無数の景観を><いくつもの海の連続を><互いに層をなしているいくつもの文明を>意味する、と。そして、地政学的視点が一段と重視されるようになった20世紀、英国は地中海と大西洋とをつなぐ要の役割を自身に課した。それが、大西洋と米国を英国の「広大な沖合」と称した英国の大宰相チャーチルの選択であった。
第一次世界大戦、第二次世界大戦の〝熱い戦争〟、それに続く時代の戦いとなった冷戦。米ソ両国の首脳が冷戦終結を宣言する地に、「地中海のへそ」と呼ばれる戦略的要衝・マルタ島(沖合)が選ばれたのは象徴的だった。地中海の西の玄関がジブラルタル海峡なら、東の玄関はスエズ運河だ。そのスエズ運河、紅海を経てインド洋へ。さらに、マラッカ海峡をインドネシア、マレーシアと共に共同管理する英国の旧植民地シンガポールに到達する。シーレーンの重要拠点となる海洋インフラを、英国は今でも数多く保有している。現に東地中海のキプロス、インド洋のディエゴガルシアは、中東をにらむ軍事拠点として湾岸戦争(1991)、イラク戦争(2003)ではフル回転した。地中海、インド洋だけではない。大西洋にはアセンション、フォークランドの海外領土に軍事基地を保持している。英国は、英語を共通言語として旧植民地を中心とした緩やかな諸国家連合体(イギリス連邦)を53か国で形成、巨大な海洋帝国時代の記憶を今でも存続させている。英王室の威光は、例えば、米フロリダ半島沖合の南西部に浮かぶ島々バハマの首都ナッソーにまで及ぶ。(つづく)
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