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2018-04-13 00:00
(連載2)テレビは自由であるべきか
六辻 彰二
横浜市立大学講師
1987年に米国は放送局に複数の視点から報道することを定めた公平原則(Fairness Doctrine)を撤廃。ロナルド・レーガン大統領(当時)はこれを「政府の規制は(表現の自由を定めた)憲法第1条に反する」と正当化。今回の提案で安倍首相もこれに言及しています。ところが、その後の米国では各局が正確さより政治的な主張で他局との差別化を図るようになり、これは結果的にジャーナリズムへの信頼の低下につながりました。最近の例をあげると、大手テレビ局FOXニュースの司会者ローラ・イングラハム氏は、2月にフロリダ州の高校で発生した銃乱射事件を生き延び、銃規制の強化を求める活動に参加している生徒の個人情報をさらして「UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に落ちた」などと揶揄。さすがに非難が相次ぎ、多くのスポンサーが降板したため、3月29日に謝罪に追い込まれました。FOXニュースはトランプ大統領を支持する保守的な論調で知られ、銃規制にも消極的。イングラハム氏の一件は、そのイデオロギーにかかわらず、特定の立場を前面に出した「自由な報道」が、日本ではかろうじてネット上にとどまっているレベルの誹謗中傷になりかねず、社会の分断をさらに深め得ることを示す一例にすぎません。
ただし、日本の場合、放送免許の許認可権を政府が握っており、今回の提案でもこの部分には触れられていません。この点で、政府が許認可権を持たない米国と異なり、「公正」が廃止されても「好ましくない報道」を政府が管理することは可能です。しかし、それでは政府のいう「自由な報道」も有名無実になります。さらにここでの文脈で重要なことは、仮に「公平」が撤廃された後も政府に許認可権を握られる放送局が「自発的に」言論を抑制したとしても、今回の提案には外資参入の解禁が含まれることです。米国の巨大メディア企業が資本力を武器に参入した場合、米国式の「自由な報道」が日本でも行われかねません。その弊害は、電波事業への外資参入が認められている英国ですでに報告されています。2017年11月、英国の放送・通信を監督する放送通信庁(Ofcom)はFOXニュースの報道番組が同国の公平原則に反したと結論。この番組は、2017年5月にマンチェスターで発生した、22人の死者を出す爆破テロ事件を取り上げ、「ポリティカル・コレクトネスという『公式のウソ』を強制する『全体主義』の政府がテロ対策に失敗した」という見解を紹介。批判された政府の見解は紹介されず、司会者も異論を示しませんでした。日本で「公平」が撤廃されれば、この種のニュースも規制されにくくなります。
これに加えて注意すべきは、自由な報道が「視聴者の選択の自由」の前提である「多様性」を生むと限らないことです。よく知られる例としては、2003年のイラク侵攻があげられます。「イラクが大量破壊兵器を保有し、これがアルカイダに渡ると危険」という、およそ荒唐無稽な主張と、「米国の安全のための予防的先制」という論理には、多くの国から反対が噴出。しかし、他の見解を省いたシンプルな意見が各局から洪水のように流された結果、世論調査によると開戦に反対した米国市民はわずか27パーセント。テレビ報道に何らかの反対意見を表明した市民は3パーセントにとどまりました。9.11後の米国が一種の集団的なヒステリーに陥っていたことは割り引くべきでしょう。また、CIAなどが誤った情報を提供していたことも確かです。しかし、疑心暗鬼になりやすい時に何の規制もなければ、全ての放送局からフェイクとヘイトに満ちたニュースが垂れ流され、ほとんど全員が同じ方向に向かっても不思議ではありません。「空気」がまかり通りやすい日本では、なおさらです。
念のためにいえば、報道には公平とともに自由が不可欠です。「報道の自由度」が先進国中最低レベルで、「公平」が政府批判を抑制させる手段の日本では、なおさらです。その一方で、公平が時につまらなくて非生産的になるのと同じく、自由が過激主義や排他主義に向かいかねないこともまた確かです。重要なことは、先行する者が常に有利と限らないことです。後発者は先行者の試行錯誤をみて、よい部分を効率的かつ選択的に吸収できます。これは「後発者の利益」と呼ばれます。「公平」を放棄した米国は自由な報道で間違いなく他国に先行しています。しかし、そこには光も影もあります。後発者はその光を追い、影を避ける余裕があるはずです。少なくとも米国の経験を全面的に見習う必要があるかは疑問で、自由で公平な報道の実現には、より慎重な検討が求められるでしょう。(おわり)
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