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2018-03-28 00:00
米中対立と日朝平壌宣言は両立しない
倉西 雅子
政治学者
世の中には、その時には気が付かなくても、後に至って事の重大さに慄くような出来事があるものです。2002年に当時の小泉内閣が北朝鮮と間で交わした日朝平壌宣言もまた、その一つではないかと思うのです。戦後、朝鮮半島が南北に分裂して以来、長らく日本国と北朝鮮との間には国交はなく、この意味で日朝平壌宣言は、日本国の対北政策の転換点とも目されました。その背景に拉致事件があったことは言うまでもなく、小泉首相の平壌訪問と拉致被害者、並びに、その家族の方々の帰国実現は、サプライズ外交として脚光を浴びることとなったのです。小泉元首相の最大の功績とも評されていますが、今になって考えて見ますと、あまりに危うい橋を渡っていたとしか言いようがないのです。
今日の中国の軍事大国化とそれに伴う米中対立の深刻化を考慮しますと、その危うさは鮮明に浮かび上がります。2002年当時にあって、中国は、天安門事件後であれ、2001年にはWTOへの加盟を果たしており、自由主義国でも中国の経済発展がやがて同国の自由化と民主化をもたらすとする期待感がありました。このため、表立った中国脅威論もなく、況してや平壌宣言と中国との関連性について深く考える論評も皆無に近かったのではないでしょうか。
しかしながら、当時にあって極めて自然に感じられた日朝首脳会談を機とした拉致事件の一部解決から平壌宣言への流れは、両者を結び付ける必然性も道理もなく、日本国、並びに、国際社会にとりまして攪乱要因でしかなかったように思われます。何故ならば、仮に、平壌宣言の内容に従って、北朝鮮の核・ミサイル開発問題の解決が図られ(北朝鮮の非核化を明記しているわけはなく、ミサイル発射実験もモラトリアムに過ぎない…)、日朝関係が正常化された場合には、日米同盟をも揺るがしかねない重大な問題が発生するリスクがあったからです。例えば、日朝国交正常化と同時に、日本国は、北朝鮮に対する莫大な経済支援を約束しておりますが、朝鮮戦争以来、米朝関係が休戦状態にあり、かつ、特に中国と北朝鮮との間で同盟関係が維持されている点を考慮しますと、日本国は、同盟国であるアメリカの“敵国”を資金面で支えることとなります。また、同宣言では、日朝間において相互に脅威となる行動をとらないとされていますが、朝鮮戦争が再開される、あるいは、対北軍事制裁が実施される場合、自衛隊の対米軍支援にも支障をきたすことも予測されます。アメリカは、日本国による頭越しの“日朝和平”に憤慨したかもしれません。加えて、北朝鮮は、ソ連邦を後ろ盾として建国された国ですので、米ロ関係においても間接的なロシア支援ともなりかねません。言い換えますと、平壌宣言の“誠実な履行”は、同盟国であるアメリカをはじめとした自由主義国に対する“裏切り”ともなりかねなかったのです。
この問題の根底には、国際社会における対立関係に変化がない状態において、核・ミサイル問題、並びに、拉致問題の解決の代償として、敵方陣営にある北朝鮮と国交を正常化し、かつ、経済支援を行うのは間違いではないか、という基本的な問いかけがあります。本来、別個に解決すべき問題を一緒くたにしたことで、日本国は、中ロ北陣営に引き寄せられると共に、日米同盟の弛緩と信頼喪失というリスクを負うこととなるからです。幸いにして、北朝鮮は、その後、悉く平壌宣言の内容を反故にしたために日本国は事なきを得ましたが、今般、再度、日朝、日米、並びに、南北間の対話において核・ミサイル問題、拉致問題、そしてその先に平壌宣言が持ち出されている現状は(米朝和平への流れも同じパターンであるかもしれない…)、2002年において架設された“危ない橋”を再び渡り始めたことを意味します。米中対立が先鋭化している今日(たとえ米朝関係が正常化されても、中国の脅威は残る…)、再びこの問題が日本国の安全保障上の危機として迫ってきているように思えるのです。
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