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2018-02-27 00:00
(連載2)欧米諸国が「ロシアの選挙干渉」を嫌う理由
六辻 彰二
横浜市立大学講師
こうしてみたとき、相手国の選挙や政治に何らかのかかわりをもつことは、今に始まったものではなく、ロシアに限ったものでもありません。このような観方に対しては、「欧米諸国の場合は企業や民間団体、個人の活動で、ロシアの国家ぐるみのものとは分けて考えるべき」という異論もあり得るでしょう。確かに、欧米諸国とりわけ米国の場合、確かに企業を含む民間団体の活動は活発で、いかにも民間が政府から独立しているようにみえがちです。しかし、米国では民間と政府の垣根は低く、それは結果的に両者が一体のものとなりやすいことをも意味します。一例をあげると、ウクライナでは2010年に大統領選挙が行われ、この際に親ロシア派のヤヌコヴィッチ氏が当選しましたが、この際に同氏の選挙アドバイザーだったのが、米国のコンサルタント、ポール・マナフォート氏でした。当時、EUはウクライナに加盟を提案していましたが、これに対してロシアが強い拒絶反応を示していました。ヤヌコヴィッチ氏はロシアとの関係を重視していましたが、マナフォート氏の提案を受け入れ、選挙においてはEU加盟を支持。この選挙戦術により、ヤヌコヴィッチ氏は地滑り的な勝利を手に入れたのです。いわば「縄張り」をもぎ取られることへのロシアの警戒感は高まり、これが2014年のクリミア半島併合に至る一つの要因となりました。
ここで重要なことは、マナフォート氏が2016年の米大統領選挙で、トランプ陣営に雇用されたことです。米国は社会的な流動性(モビリティ)が高く、次々と職や職場を移ることが珍しくないことで知られます。連邦政府で務めていた人間が、翌年には民間企業で、その次の年にはNGOで働いていることさえあり、この様は俗に「回転ドア」と呼ばれます。つまり、「回転ドア」を通じてヒトが頻繁に移動する米国では、民間の企業・団体と政府が結びつきやすいといえます。言い換えると、選挙アドバイザーなど民間の企業や個人の活動が米国政府と無関係とはいえないのです。カリブ出身の精神科医で哲学者のフランツ・ファノンは、ナチズムについて以下のように述べています。「ゲシュタポはせっせと働きまわり、牢獄は一杯になる。…人々は驚き、憤慨する。…そして以下の真実を自分自身に隠す。…このナチズムを耐え忍ぶ前に支持したということを。これを許し、これに目をつぶり、それまでは非ヨーロッパ民族にしか適用されてこなかったのでこれを改めて承認したということを」(フランツ・ファノン「黒い皮膚、白い仮面」)。要するに、ナチスがヨーロッパで行ったことは、それ以前にヨーロッパ人がヨーロッパの外でしてきたことであり、その間のほとんどのヨーロッパ人は見て見ぬふりをしていたが、それが自分たちの身に降りかかった途端に憤った、というのです。
この観点からみれば、「ロシアの選挙干渉」に対する欧米諸国の神経質な反応は、単なるロシアとの勢力争いという文脈だけで片付けられるものでもありません。つまり、(仮にロシア政府による働きかけがあったとすれば)ロシアの応酬は、これまで「自由と民主主義の旗手」という表向きの顔の裏で欧米諸国が欧米諸国以外で行ってきた、自国にとって都合のよい政権の誕生のための干渉を、むしろ浮き彫りにするものだからです。あからさまな「内政干渉」にあたる以上、プーチン大統領は公式には「選挙干渉」を否定しています。しかし、仮に「欧米諸国が今までやってきたことではないか」と居直られた場合、欧米諸国に返す言葉はありません。自らの行為を映し鏡のようにみせられたからこそ、欧米諸国は「ロシアの選挙干渉」に神経質にならざるを得ないといえるでしょう。これに加えて、「ロシアの選挙干渉」が関心を集めるにつれ、開発途上国では「欧米諸国による選挙干渉」への関心も高まっています。
2017年8月、大統領選挙を控えていたケニアから、野党「国民スーパー連合」(NASA)と契約していた米国人とカナダ人の選挙アドバイザーが退去しました。欧米諸国は同国のウフル・ケニヤッタ大統領の人権侵害などに批判的である一方、ケニヤッタ氏も「ケニアへの干渉」を拒絶する声明を再三発表していました。NASAの選挙アドバイザーの退去は、ケニア政府の圧力によるものとみられます。ケニア政府の論理は「干渉の拒絶と人権侵害」がリンクしており、その意味で正当ともいえません。とはいえ、確かなことは、「ロシアの選挙干渉」疑惑で欧米諸国が神経質になればなるほど、これまで「欧米諸国の選挙干渉」に批判的だった勢力が声をあげやすくなっているということです。それは欧米諸国の求心力の低下を促すことで、結果的にロシアの国際的な影響力を高めることにもつながります。冷戦終結後の世界で、「自由と民主主義」は欧米諸国の発信力を高める要素だったといえます。しかし、その強みは今やアキレス腱にもなりつつあります。これは冷戦終結後の世界の常識が変動しつつあることの、一つの兆候ともいえるでしょう。(おわり)
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