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2018-01-24 00:00
(連載1)地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を加熱させる
六辻 彰二
横浜市立大学講師
2017年12月6日に米国トランプ政権が突如エルサレムをイスラエルの首都と認め、それをきっかけに改めて注目を集めたパレスチナ問題。1948年の第一次中東戦争以来、この対立は中東最大の不安定要因であり続けてきました。一方、年末の12月28日、エルサレム旧市街の「嘆きの壁」(古代のソロモン神殿の跡地)に2000人以上のユダヤ教徒が農業・農村開発相の主催で集まり、雨乞いの祈りが捧げられました。2017年3月には主要な淡水源である北部のガリラヤ湖で過去100年間で最低の水位を記録するなど、降雨量は年々減少しています。その一方で平均気温は上昇傾向にあり、これらは地球温暖化の影響とみられ、雨乞いは水不足を受けてのものでした。一見、無関係にみえるパレスチナ問題と地球温暖化の二つは、実は深く結びついています。エルサレムの帰属を含むパレスチナ問題は水をめぐる争いでもあるのです。そのため、地球温暖化による降雨量の減少は、イスラエルとパレスチナの争いをより深刻化させかねないといえます。
イスラエルとパレスチナの間にある対立の争点は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三宗教それぞれにとっての聖地であるエルサレムの帰属だけではありません。そこには1967年の第三次中東戦争以来イスラエルが占領しているヨルダン川西岸の返還や、国連決議でパレスチナ人のものと認められるこの地のユダヤ人入植者の取り扱い、さらに725万人にのぼるパレスチナ難民の帰還など、いくつもの問題が複雑に絡み合っています。そして、これらほど目立たないとしても、人間の生存に欠かせない「水」もまた争点であり続けました。水は飲用など生活用水としてだけでなく、農業用水など生産活動にも不可欠の資源です。実際、人間の水利用の約7割は農業向けのものです。限りある資源として水を奪い合うことは、各地でみられたものです。日本でも昭和初期に至るまで、農業用水の利用をめぐって死者を出す衝突が各地でしばしば発生していました。一般的に「水が豊か」と言われる日本でさえそうなのですから、水が珍重される中東ではなおさらです。中東における争いというと「石油」と思われがちですが、「水」もやはり争いの種となってきました。
パレスチナ問題に端を発した第三次中東戦争(1967)の最終盤で、イスラエル軍はシリア領ゴラン高原を制圧。その背景には、安全保障上の理由だけでなく、かねてからシリア、レバノンの間で懸案となっていた、ヨルダン川上流からガリラヤ湖のかけての水利問題で優位に立つ目的もありました。第三次中東戦争の結果、ゴラン高原をイスラエルに占領されたシリアは、エジプトと計り1973年にイスラエルを奇襲。ヨルダンもこれに呼応しました。シリア政府はそれ以前からパレスチナ解放運動に巻き込まれることを警戒しており、第四次中東戦争でもパレスチナ解放という大義よりむしろ自国の安全と水を重視して戦闘に臨んだといえます。
このように水の問題は、まさに地下水脈のように表面からは分かりにくいものの、パレスチナ問題の底流としてあり続けてきたといえます。なかでもヨルダン川の水利は、両者にとって死活的な重要性をもつものです。ヨルダン川はシリアとレバノン、イスラエルの国境付近にあるアンチレバノン山脈やゴラン高原からガリラヤ湖(ティベリアス湖)を経由し、ヨルダンとの国境に沿って死海に注ぎます。その距離は約425キロメートルに及び、古くはイエスがその水で洗礼を受けたと伝えられます。このヨルダン川はイスラエルにとってまさに生命線。とりわけ、ヨルダン川西岸に入植しているユダヤ人にとって沿岸のヨルダン川の水は、生活用水としてはもちろん、農業開発に不可欠の資源でもあります。ただし、水の不十分さによる「水ストレス」は、パレスチナの方が深刻です。1967年以来、ヨルダン川西岸はイスラエルによって占領されているため、パレスチナ自治政府は自由に水資源の開発をできません。その結果、2010年段階で約760万人のイスラエルが利用した水が約12億立方メートルだったのに対して、約378万人のパレスチナが利用した水は約3億3360万立方メートルに過ぎませんでした。このうち、ヨルダン川西岸に暮らすパレスチナ人の水の消費量は一人当たり平均一日70リットルで、これは世界保健機関(WHO)が定める基準値、一日100リットルを下回ります。(つづく)
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