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2017-11-22 00:00
(連載2)「中東のバルカン半島」レバノンをめぐる宗派対立
六辻 彰二
横浜市立大学講師
レバノンでは、1992年に内戦が終結。大統領権限を弱めて首相の権限を強化し、さらにムスリムに議席を増やすなどの修正を加えることで、宗派体制は基本的に維持されました。しかし、その後もヒズボラはイスラエルへの攻撃を続けており、しかもその力はますます強化されてきました。2006年にはヒズボラの対艦ミサイルがイスラエル軍艦艇を撃沈。このミサイルも北朝鮮の技術や製品がイラン経由でもたらされたものとみられますが、いずれにせよレバノン内における影響力の大きさからヒズボラは「国家のなかにある国家」と呼ばれてきました。その一方で、他の周辺国と同様、レバノンでもアル・カイダやISの台頭と並行してスンニ派の過激派の活動が活発化。2014年にISが建国を宣言した後、少なくとも900名がレバノンからシリアに渡ったとみられています。これに対して、先述のようにシリア内戦のなかでイランとともにヒズボラはアサド政権を支援しており、2015年2月にはISとの戦闘を初めて公式に認めました。つまり、シリア内戦とIS台頭を受けて、レバノンでは以前から鮮明だった「キリスト教徒対ムスリム」だけでなく、「スンニ派対シーア派」という宗派対立も加熱してきたのです。
そんななか、11月5日にレバノンのハリリ首相は辞意を表明。スンニ派のハリリ首相にはヒズボラに対する反感が強かったものの、2016年12月にヒズボラを迎えた内閣が組閣されました。こうして宗派間の融和への期待が高まっていただけに、突然の辞任表明は大きな衝撃となりました。辞任にあたっての演説で、ハリリ氏は「自分の生命を狙う者がある」と述べ、その首魁としてイランやヒズボラを示唆。これを受けて、サウジアラビアをはじめとする周辺スンニ派諸国のメディアでは、「暗殺計画を企てたイランやヒズボラ」を非難する論調が噴出。スンニ派のハリリ首相にとって、「国家のなかの国家」ヒズボラやそれを支援するイランが「目の上のタンコブ」であることは確かで、その観点からすれば「イランの策謀」をスンニ派諸国が喧伝することも不思議ではありません。
ただし、これには異論もあります。カタールを拠点とするアルジャズィーラは11月6日、「ヒズボラはこれまでハリリ首相と対立しておらず、サウジこそ首相辞職を仕掛けた張本人」というヒズボラの見解を掲載。それによると、ヒズボラとの融和を進めようとしていたハリリ氏に対して、サウジはその資金力を背景に退陣を迫り、ひいてはイランやヒズボラの影響力を一掃しようとしているというのです。今年6月、サウジアラビアなど周囲スンニ派諸国は、「イランとの関係」を理由の一つとしてカタールへの経済封鎖を開始。サウジの大きすぎる引力から逃れようとするカタールとの確執は報道戦、宣伝戦でも鮮明なため、この点においてアル・ジャズィーラの報道は割り引く必要があります。とはいえ、サウジアラビアがレバノン政府に外交的圧力を加えてきたことは確かです。2013年、サウジ政府はレバノン政府に対して30億ドルの軍事援助を約束。シリア内戦が激化し、イランやヒズボラの活動が活発化するなか、サウジはレバノンを自陣営に引き込もうとしていたといえます。ところが、2016年2月、サウジ政府はこの軍事援助の停止を発表。突然の援助停止は、サウジが期待するほどにはレバノン政府がイランやヒズボラに敵対的でなかったことへの制裁とみられます。2017年初頭には両国政府が軍事援助の再開について協議していることが明らかになりましたが、その後目立った進展は報じられていません。
さらに、ハリリ首相辞任後のサウジ政府の動向には不可解な点もあります。辞任発表の翌7日、ハリリ氏は空路でサウジに移動。そこからUAEに向かうはずでしたが、その後サウジを出国しておらず、サウジ政府に拘束されているという疑惑も浮上。レバノン政府高官がサウジ政府にハリリ氏解放を求める事態に至っています。これに先立って、11月6日にサウジアラビアのアラブ・ニュースは「ハリリ氏辞職の後を引き継ぐことは容易でなく、サウジアラビアにはイエメンのスンニ派への支援を期待したい」というレバノンのスンニ派指導者のコメントを紹介しています。「相手から望まれて介入すること」は植民地時代の欧米列強の常套手段でしたが、これまでの経緯に照らせば、サウジがレバノンに影響力を増すための下工作に入ったというストーリーにも、大きな無理はないといえるでしょう。もちろん、現状において詳細は定かでなく、ハリリ首相の辞任の真相は不明です。とはいえ、ハリリ氏の辞任が、サウジアラビアとイランのつばぜり合いがレバノンに及びつつあることの表れであることは、間違いないようです。言い換えるなら、地域一帯を覆いつつある宗派対立の波が「中東のバルカン半島」にやってきたことになります。この緊張の高まりは、既に上昇し始めていた原油価格にも影響を及ぼすとみられ、その意味で日本を含む各国も無縁ではいられません。少なくとも、北朝鮮と米国の軍事衝突のリスクと同様、中東一帯を巻き込む対立が世界全体に少なからず影響を及ぼすことは確かといえるでしょう。(おわり)
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