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2016-08-10 00:00
(連載2)EU問題と英語の行方
池尾 愛子
早稲田大学教授
「経済通貨同盟(Economic and Monetary Union、EMU)が十全に機能することにより強く安定するユーロが、ヨーロッパの成長と雇用の基礎である」という。EMUは1993年のEUの誕生とともに、単一市場と単一通貨の創設を目指して始動した。EMUをより完成させていくためには、第1に、銀行同盟の役割を拡張して、経営困難に陥った銀行を処理するための共通のルールと基金の創設を含めなくてはならない。第2に、深化した経済同盟(a deeper economic union)が通貨同盟を基礎づけるべく、成長と競争力を引上げるための投資を行うとともに、社会的次元も強化しなければならない、とある。
第3に、財政同盟(fiscal union)を設立して、健全財政の実現、危機に直面しての加盟国間の金融連帯を深化させなくてはならない。第4に、銀行同盟、経済同盟、財政同盟が矛盾なく機能し、かつ、加盟国政府の民主主義的説明責任と市民のEU政策形成への参加を保証するためには、政治同盟(political union)が必要である。「欧州委員会は真の政治同盟を発展させるために努力するであろう」と述べられている。
誰に向けて書かれているのだろうか。欧州議会(European Parliament、EUの議会)、EU加盟国の議会や官僚なのであろうか。あるいは、ユーロ圏外からユーロ問題について批判的コメントが多いために、それに応えるために外向けに書かれているのだろうか。また、「EU解説」は平易で発音しやすい英語で書かれていると感じられる。ただ、政府の歳入が government revenue ではなく、government income とされ、補助金はsubsidy ではなく financial support となっていて驚いた。用語解説で最初に出てくるのは競争力(competitiveness)である。EUの市民や経済学領域の専門家を対象としているわけではないのだろう。EU解説には「競争:市場機能の改善(Competition: Making markets work better)」(2014年)もある。EU解説での経済用語について、経済学やその思想・歴史を専門とする研究者はどれほど関心を持ち論評しているのだろうか。
EUが競争の推進者、グローバル化の推進者(の一つ)であることに疑問の余地はない。イギリス市民の多数がブレキジットに賛成投票を投じたあとだけに、英語の行方が気になる。英語を公用語とするEU加盟国が他にもあるので英語はEU公用語の一つとして使われ続けてゆくのであろう。通貨問題というかなり専門性の高い領域では国際経済学や為替理論の英語が(数学を軸にして)平明に整理されていて、(EU英語というよりは)欧州委員会(EC)英語は、国際化した経済英語に政府債務危機(Sovereign Debt Crisis)や競争力(competitiveness)などをキーワードとして位置づけたものようにみえる。しかし、数理経済学で支えられていない領域の英語が心配である。(数理経済学からはずれる)経済英語は(とりわけ)時代とともに議論の文脈とともに変化してきているのではないか。「官僚英語!」という論評だけでは済まされない時機に来ているのではないだろうか。(おわり)
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