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2016-07-29 00:00
「日中刺し違え」でも法の支配の確立を
倉西 雅子
政治学者
今月12日に下された南シナ海問題に関する仲裁判決は、中国の主張してきた「九段線」を明確に否定しました。「九段線」は、領土的主張の根拠でもありましたので、それは同時に、中国が、南シナ海全域の島や岩礁の領有権を主張する根拠をも失ったことを意味します。
中国側は、「九段線」は歴史的権利に基づくと主張していますが、過去において中国が南シナ海全域に対して支配権を及ぼしていた証拠は皆無です。中国が提示している史料も、牽強付会によって「証拠」を装っているに過ぎず、既に専門家によって論破されています。「九段線」については、国連海洋法条約と相いれないのは明白であり、中国以外に、この判決に異議を唱える国は殆どないことでしょう(もっとも、台湾の不支持の理由として「十一段線(「九段線」の前身)」の否定もあるかもしれない)。
その一方で、当仲裁判決では、「九段線」以外の問題にも判断を示しています。特に問題となるのは、形状による島の地位の認定であり、これまで、水上岩が島の地位を得られるか否かは曖昧でした。この点について本判決では、複数の判断基準が設定された上で、南シナ海の全ての満潮でも沈まない岩礁に対して島の地位を認めないとする結論に至っています。そして、この判断は、当事国のみしか法的に拘束しないものの、当事国以外にも影響を与える可能性が指摘されているのです。日本国もまた、今後、沖ノ鳥島等に対しても同様の訴訟が起こされた場合、EEZを設定できる島の地位を失う可能性があります。言い換えますと、中国が、仲裁判決に従い南シナ海での権限を失うと同時に、日本国も沖ノ鳥島のEEZを喪失する、「日中刺し違え」構図となりかねないのです。
それでは、日本国は、沖ノ鳥島のEEZを護るために、仲裁判決を不支持とすべきでしょうか。おそらく、日本国政府は、このリスクを十分に承知しながら、覚悟の上で仲裁による解決を擁護し、判決後もそれを支持したのでしょう(もっとも、判決後に沖ノ鳥島は別問題としていますが)。世の中には、何かを得るために、もう一つの何かを失わなければならない、究極の選択を迫られる場合があります。国際社会において法の支配を確立することこそ、アジア諸国、さらには、世界のすべての国々を中国の暴虐から護り、全世界に平和と安定の基礎を築くことであるとしますと、日本国は、捨て身の名誉ある決断を下したことになるのではないでしょうか。
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