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2016-03-08 00:00
トランプ氏は現代のヘンリー8世か
倉西 雅子
政治学者
最近、フランシスコ法王の積極的な発言や活動のためか、ローマ法王に関する報道が増えたように思います。先日も、アメリカ共和党の有力な大統領候補であるトランプ氏との移民問題をめぐる応酬が報じられておりました。この両者の応酬、どこか、16世紀イギリスのヘンリー8世とローマ法王との離婚問題をめぐる確執を彷彿とさせます。
ヘンリー8世の離婚劇はスキャンダルとして描かれがちですが、その背景には、両者の政治的な対立が潜んでいたことはよく知られております。ヘンリー8世の王妃は、スペイン王国(当時、甥であるハプスブルク家のカール5世が神聖ローマ帝国をも継承…)、即ち、カトリック国から嫁いだキャサリン・オブ・アラゴンであり、国王が王妃との離婚を望んだ理由の一つは、カトリック勢力=ハプスブルク勢力のイングランド国内における影響力の排除にありました。一方、法王パウルス3世は、カトリックの教義では離婚が禁じられていることを表向きの理由として、ヘンリー8世を破門します。この破門の背景にも、カトリック勢力=ハプスブルク勢力との協力と支援があったことは想像に難くありません。
それでは、現代のトランプ氏と法王との確執は、どのような点において、ヘンリー8世とパウルス3世との対立は似ているのでしょうか。現フランシスコ法王は、不法移民対策としてメキシコとの国境に壁を建設すると発言したトランプ氏を咎め、“キリスト教徒ではない”と述べて事実上の“破門宣言”を下しています。おそらくカトリック教徒ではないトランプ氏には破門の効力はないのですが、この批判の背景にも、カトリック国であるメキシコを援護したい法王の意向が伺えます。一方、ピルグリムファーザーズに代表されるように、米国は、伝統的に、プロテスタントの系譜をひいております(米国大統領の就任の宣誓は、今日でも、プロテスタント(英国国教会)側によって訳されたキング・ジェームズヴァージョンの『聖書』に手を置いて行われます)。保守派を支持基盤とするトランプ氏の発言は、安全の実現を含め、自助努力を尊重する伝統的な米国社会に訴える発言であったと考えられるのです。
以上から、ヘンリー8世の時代と同様に、プロテスタントとカトリックとの確執が、今回の問題の背景の一つである可能性が見えてきます。そして、16世紀以降、ヨーロッパにおいて大きな政治・宗教的対立要因となったキリスト教世界における新旧両派の確執が、新旧両派のどちらが“真のキリスト者”であるのか、という点をめぐって争われた点についても、類似点を見出すことができます。目下、法王との対立がトランプ氏の支持率にどれほどの影響を与えるのか注目されておりますが、カトリック教徒が多数を占めるアイルランド票やヒスパニック票などは伝統的に民主党に投じられてきましたので、少なくとも共和党党内の指名候補争いには、それ程の影響は出ないかもしれません。そして、現代に蘇った新旧両派間の緊張は、再度、政教間の距離を問うと共に、“真のキリスト者とは誰か”という宗派間論争にも発展しかねない危うさを孕んでいるように思えるのです。
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