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2016-01-25 00:00
イスラムの理解不足が招く混乱:“社教一致”では?
倉西 雅子
政治学者
経済的な観点からは無視されがちですが、移民・難民問題は、否が応でも、受け入れ国側の文明や社会秩序に変質をもたらすものです。ヨーロッパ諸国では大量のシリア難民を受け入れていますが、イスラム教を十分に理解した上での受け入れなのか、疑問な限りなのです。
イスラム教と言いますと、大凡“政教一致体制”を特徴とする宗教と見なされており、この理解の背景には、オスマン・トルコ帝国で19世紀に成立した「スルタン・カリフ体制」を指摘することができます。この体制では、イスラムの宗教的な指導者(カリフ)は、同時に世俗の統治者(スルタン)でもありました。しかしながら、「スルタン・カリフ制」に代表される“政教一致”は、イスラム史において必ずしも常態化していたのではなく、むしろ、政教分離の時期の方が長期に及びます。ですから、スルタン・カリフ制=政教一致とするステレオ・タイプの理解だけでは、イスラムの本質を見誤る可能性があるのです。イスラムの本質的特徴とは、社会や法律(刑法・民法)と宗教の一致という意味においての“政教一致(社教一致)”ではないかと思うのです。
イスラム教は、コーランのみならずシャリアなど、様々なイスラムの戒律が存在し、イスラム共同体全体を覆っています。イスラム諸国の中には、その効力を憲法で認める国も珍しくなく、今日に至るまで、民法や刑法の分野においても絶大な影響力を保持してきたのです。個々の信者も、イスラム共同体の一員としてイスラム法が定める社会秩序、法秩序の中で生きており、イスラムの世界観こそが全てです。となりますと、イスラム教徒の移民や難民は、この世界観を背負ってヨーロッパに定住し、その結果、ヨーロッパの地には、複数の世界観がパラレルに混在する状況となります。宗教の問題は、今日では信教の自由の原則の下で相当に個人化されてはいますが、特にキリスト教は、ヨーロッパ諸国にあって“国教”的な位置付けの国もあり、戦後、世俗主義の波を被って薄れたとはいえ、キリスト教は、ヨーロッパにあって隠然たる影響力を保っています。
信教の自由を認める以上、イスラム教徒に対して、イスラムの世界観とそれを共有するイスラム共同体からの離脱を求めることは困難です。移民・難民問題については、キリスト教とイスラム教が融合した“新たなヨーロッパ”の誕生を期待する意見も聞かれますが、果たして、一神教において分裂している宗教が首尾よく融合し、“新たな世界観”が出現することはあり得るのでしょうか。移民・難民問題は、文明の行方問題でもあると思うのです。
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