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2007-02-17 00:00
小笠原氏の投稿に同感である
佐島 直子
専修大学経済学部教授
映画『それでも僕はやってない』をみて小笠原氏の考えたことに、私も同感である。加えて、いくつかの私見を列挙したい。
第一に、監督の周防氏は映画「Shall we ダンス?」で既に高い国際的評価を得ており、本映画も海外での上映が予想されることから、今後、日本の国際的なイメージの形成に少なからぬ影響を与えることは明らかである。それを看過してよいとは思えない。
第二に、本映画は、はからずも日本男性(周防監督)の「猥褻行為に対する鈍感さ」を露呈している。「Shall we ダンス?」の主人公も中年男性であったが、本作品も典型的な日本男性の視点で描かれている。したがって、今回もごく普通の日本男性に起こり得る身近な事件として、「痴漢冤罪」をとりあげたのだろうが、そんな冤罪が「起こり得る」と安易に錯覚すること自体が、大問題である。刑事裁判の問題点を指摘したいなら、猥褻事件である必要はなかったはずだ。海外の観客が日本の観客のように安穏と本映画の主旨を理解するとは思えない。小笠原投稿にあるような日本の刑事裁判制度に対する国際的な偏見を助長するばかりでなく、ただでさえ良くない日本男性の国際的イメージ(失礼!)をさらに貶める可能性がある。
第三に、個人的にも全く感情移入できない。私は小学生の頃から電車通学をしていたので、数々の車内の痴漢行為の卑劣さを目撃した。ランドセルをしょった幼い私は、しばしば被害女性を痴漢から守った。ちょうど女性の腰の背丈なので、防波堤になった。また、長じてからの数ある被害者経験の記憶はどれも忌まわしいもので、声を上げ加害者を特定しても、たいていは駅に着くや否や逃げられてしまった。日本では無数の痴漢が捕まっておらず、罪を問われてもいない。痴漢被害者の数は冤罪被害者の何万倍にも上る。日本の警察が猥褻犯の検挙に躊躇してもらっては困るのだ。しかし、本映画の影響で冤罪を主張する実行犯が増えることは容易に予想される。
故に、映画「それでも僕はやってない」は、恥ずかしさをこらえ、卑劣な痴漢加害者を告発した勇気ある女性達に対する冒涜であり、同時に対外的な日本の国益に反する。
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