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2015-08-27 00:00
発明と国際貿易の重要性
池尾 愛子
早稲田大学教授
昨2014年秋、中国で天野為之(1861―1938)について研究発表する機会が2回あった。その時は理由があって福澤諭吉(1835-1901)には触れなかったのであるが、日本で天野を語る時には福澤に触れない方が不自然である。福澤は実際、とりわけ開国後の啓蒙活動や(高等)教育の向上における貢献をみると、余人をもって代えられない別格の存在であった。天野はといえば福澤の著作をほとんど読んでいたようで、受け容れられることと、受け容れられないことを明確に区別していたと思われる。今回は、天野が福澤の著作から採り入れたものについて考えてみたい。
第一に、発明(技術や技術進歩)の重要性がある。福澤は1866(慶応2)年に『西洋事情』初編を出した時から発明に注目し、1879(明治12)年出版の『民情一新』ではさらに、発明や近代的制度形成、応用につながる学問の重要性を強調した。19世紀、「蒸気船、蒸気車、電信、郵便、印刷の発明工夫」は西洋の「人間社会を転覆する」ほどの影響力をもっており、それらの発明工夫が実用化されるにあたって「蒸気の力」が不可欠の役割を果たしていたと認識された。天野は『実業新読本』(1911年、1913年)でさらに、「蒸気の力」を生み出す良質の石炭がイギリスで採れたことに注目した。アメリカの経済史家ケネス・ポメランツが『大分岐:中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』(初版2000年)において「蒸気の力」やイギリスに炭田があったことに着目しているので、福澤や天野とよく似た技術史・文明観を共有しているといえて興味深い。
第二に、国際貿易の重要性がある。福澤は『実業論』(1893年)では、「実業の原動力は外国貿易であり」、開国後は「汽車汽船の便により、国中で都市も田舎も人々の衣食住が一変したといってもよい」とした。彼は目下の代表的輸出品として、生糸、茶、そしてマッチ、羽二重等をあげて関連データを示し、一見ただちには輸出用にはみえなくても、変形して輸出できるものを発明すべしと唱えていた。彼はさらに、外国貿易には確実に商機がありその「広大無限」の機会をつかむためには高等教育を受けた者(「士人」)の活躍が不可欠だと主張した。天野は開国後の貿易の威力を実感し、国際貿易を担う人材育成の必要性を唱えるとともに、貿易問題についての考察をさらに深めていった。ポメランツとスティーヴン・トピックの『グローバル経済の誕生:貿易が作り変えたこの世界』(原著初版1999年、第3版2013年)も国際貿易の威力を扱っており、開国後の日本が貿易によって変容し、また世界を変容させた例として少々意識されている。
第三に、学問の応用あるいは応用できる学問の重要性がある。福澤は『民情一新』(1879年)においても、社会で実用に付される学問の重要性を説いた。福澤は実用に近いところにあると判断したが故に西洋諸国の学問を学ぶことの重要性を唱え続けていた。天野は学問・知識の社会的応用の重要性を受け容れる一方で、応用できる学問を鎖国時代の日本から見つけ出して伝統回帰したり、福澤に感化された日本人たちの新しい著作・言論活動に注目したりしていくことになる。中国や韓国でも、天野為之たちが受け容れた福澤諭吉については少なくともその洞察力や開明性がかなり評価できるのではないだろうか。
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