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2015-08-09 00:00
ユーロ問題とスペイン
池尾 愛子
早稲田大学教授
ユーロ問題といえば、現在はギリシャがその震源になっているが、地中海沿岸に位置する南欧諸国の動向も気になるところである。8月3-7日に京都で開催された世界経済史会議(テーマ「発展における多様性」)の4日午前のセッションにおいて、スペインのバルセロナ大学教授のジョルディ・カタラン氏(経済史)の研究報告をうかがう機会があった。彼によれば、スペインでは21世紀初頭、建設バブルが起っていて、その間に、国内で相対的に利益率が低かった製造業が競争力を失い、また建設に従事するために多くの労働者が東方から流入して人口が増えたという。そのためスペインは今も景気後退と高い失業率に悩まされており、ユーロ圏内であるにもかかわらず、ユーロ安定に必要な引締め気味の政策に反対する党派が勢いを増しつつある。そうした政治経済情勢を考慮すれば、現在のスペイン経済への処方箋として必要なのは、平価切下げと、赤字財政による政府支出の拡大になる、と結論づけた。
平価切下げはユーロ圏の中では一国ではできないことであり、財政赤字拡大はユーロ価値の安定を脅かす政策である。カタラン氏が同セッションに、1930年代の日本の経済思想・不況対策の論文を招いた理由がこのあたりにある。日本は、1931年末の金本位制離脱により円平価(為替レート)が市場調整力により自然に下がっていく一方で、赤字財政により政府支出を拡大したのであった。いずれも、「日本のケインズ」と呼ばれた高橋是清蔵相が断行した政策であった。もっとも、円レートが下がっても、当時の日本の貿易収支は、赤字幅が縮小しただけで、黒字になることはなかった。日本にとって海外からの輸入は不可欠で伸びる一方で、輸出を伸ばして貿易収支を黒字にすることは容易ではなかったのである。
となると疑問が浮かんだ。1997年後半、東アジアでは通貨危機・金融危機が伝染するが如く広がり、タイ、インドネシア、韓国がIMFパッケージと呼ばれる緊急融資(IMFや他の国際経済機関、日本、アメリカなどからの融資)を受けて、ようやくパニックの連鎖反応がおさまった。その根本原因は多少時間をかけて広範なコンセンサスが得られたと記憶する。いわゆる通貨と満期のダブル・ミスマッチの問題があったと指摘されている。これは、東南アジア諸国が各国通貨を米ドルに対して釘付けし、海外から短期で米ドル建てで借りた資金によって、各国において各現地通貨で長期の投資を行っていたことを指す。1997年に、東南アジア諸国のドル釘付け政策(「変動幅を認める緩やかな固定相場制」ともいえる)が破たんしたともいえる。こうした分析結果が東アジアの専門家の間での共通理解になるにはそれほど時間がかからなかったと思う。ヨーロッパの経済学者や政策担当者にとっては、何の意味も持たない経験だったのであろうか(セッションでは特にレスポンスは無かった)。為替レートは経済インバランスを調整する役割を担っているはずだ。
ユーロ問題の議論で、1997年の東アジア通貨危機が言及されることがある。米ドル建てでの海外からの借金が「原罪(original sin)」と呼ばれることがあり、今回の会議でも別のセッションでそうした表現がちらりと用いられた。危機の引き金となったタイの最大宗教人口は仏教徒であり、次に感染したインドネシアではムスリムである。それゆえ異通貨での借金に対して「原罪」という表現が使われることに違和感が感じられていた。単一通貨を導入すれば、同通貨圏内からの借金は「原罪」(異通貨での借金)にはあたらないことは確かである。しかし、1999年にユーロが金融取引で使われ始め、2002年に実際の紙幣と硬貨が流通し始めた際、東アジア通貨危機に対して宗教用語が使われることにより、根本問題が見えにくくなっていた可能性があるのではないか。8月6日付『日本経済新聞』に「ユーロ導入は失敗であった」とする、ノーベル賞経済学者アマルティヤ・セン氏の考察を紹介する記事が掲載されている。上述のカタラン氏はすぐにユーロ圏からの離脱を唱えるものではないと言うが、ユーロ圏内の経済インバランスの矯正に向けての調整が必要であるとの主張は続いていくことであろう。
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