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2015-06-20 00:00
(連載2)中国人は西欧思想を日本から学んだのか
池尾 愛子
早稲田大学教授
日本の一部の私立大学では、学部を超えて、仏教概説やキリスト教概説のような科目が必修に指定されて大切な科目とみなされている。その場合でも、その特定の宗教や宗派以外の宗教を学べる科目も設置されているようだ。中華人民共和国の大学では、学部を超えてマルクス経済学概説や社会主義原理・共産主義原理のような科目が必修指定の大切な科目とされているのではないか。また、大学入学前までの教育でも、共産主義体制ならではの教育が行われていることであろう。共産主義体制にとって大切な科目の周辺(「その他経済思想」等)について、教育上の規制がかかっているかもしれない。
経済学の専門用語が日本語経由で中国語でも用いられるようになっているのは確かである。しかし、日本の社会科学文献が、日本語独特の影響を強く受けていることが、中国人研究者によっても指摘されている。 私が中国人留学生を授業で教え始めたのは20年ほど前であるが、事前に中国事情に詳しい日本人を通して間接的に「社会科学の日本語独特の解釈は中国人学生に教えないでください」と厳重注意を受けた。しかし、数学を利用する近代経済学や近代経済学史の授業の場合、言語文化上の問題は起きていないと思う。私は西欧思想を専門とする中国人研究者には会ったことも話したこともないので、あくまでも間接的な情報である。しかし、「多くの中国人が西欧思想を日本から学んだ」とは、ほとんどの中国人研究者は考えていないのではないか。
もっとも西欧思想と称される分野の日本語文献の中でも、河上肇(1879-1946)の著作は例外かもしれない。中国通の日本人研究者たちによれば、河上の著作や共産主義文献の和訳が中国でもよく読まれたそうだ。確かに読みやすい日本語で書かれている。マルクス経済学やマルクス主義、そして西欧思想紹介(その他思想は1冊くらいだけ)の文献もある。ただし、1910-30年代の事であろう。「多くの中国人が西欧思想を日本から学んだ」と主張する場合には、具体例を証拠として挙げる方がよいように思われる。日中のマルクス経済学について研究交流はどのくらい行われたのか。言語文化上の問題はないのか。それはマルクス経済学者が解明すべき課題である。
私の場合、日本研究や近代経済学史(マクロ経済学、ミクロ経済学、計量経済学の歴史)を専門としていて、私が中国を訪れた時には、中国人が西欧思想を話題にしたことはない。私は事前に提出した会議論文を発表して質疑に応え、中国人研究者の日本関連の発表論文にコメントするだけである。私が中国での会議に参加する時は、会議開催案内に指定されているトピックを参照して授業でも使えそうなテーマを選んで会議論文を書いてきた。昨年の会議では初めてトピックの指定がなかったので、中文訳された本を書いた天野為之をテーマに取り上げてもよいことを確認してから、会議論文執筆に乗り出した。私の親しい中国人研究者には西欧思想に研究関心を持つ人はいない。それゆえ、西欧思想に関心のある中国人研究者に連絡を取りたいときには、中国大使館を通していただきたいとお願いし始めている。西欧思想教育に関心のある西欧人や日本人の場合にはなおさらである。私自身、西欧思想を論ずるための語学力や知識を有していないので、噂に惑わされず、私以外の知人あるいは外交ルートを通していただきたいとお願いする次第である(私は日本研究を英語で発信するために、科学方法論や日本研究の英語を参考にしてきた)。(おわり)
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