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2015-06-12 00:00
安保法制は「法律論」に拘泥するな
田中 信彦
学生
安保法制の成立を「夏までに」としていた安倍政権が岐路に立たされている。6月4日の衆議院憲法調査会で、参考人の憲法学者3人が揃って「違憲」と断じて以来、野党、メディアを中心に安保法制違憲論が再燃しているためだ。テレビ朝日の「報道ステーション」では、「全く違憲でないと言う著名な憲法学者もたくさんいる」との菅官房長官の発言を受けて、6月9日、『憲法判例百選』の執筆者198人に「今回の安保法制は憲法違反にあたると考えますか?」とのアンケートの結果が発表された。9日時点では、198人中50人からしか回答がなかったが、それによると、「憲法違反にあたる」と答えた人が45人、「憲法違反の疑いがある」と答えた人が4人、「憲法違反の疑いはない」と答えた人は1人だったという。
だが、10日の同じく菅官房長官の発言のとおり、これは「数の問題ではない」のであり、「憲法の番人は最高裁であり、憲法学者ではない」(高村正彦副総裁)、「日本の法理からいうと、最後は法の支配」(伊吹文明・元衆院議長)なのだ。「法の支配」、とどのつまり法解釈の問題となるが、法解釈といってもその本質は現実の世界を規律するものを想定しなくてはならず、現実から遊離した抽象・理想の世界を想定するそれであってはならない。
確かに、条文や判例のみに依拠した「法律論」では違憲とできるかもしれない。しかし、「現実の世界」、すなわち日本を取り巻く安全保障環境が憲法制定時とは劇的に変化しているという現実に鑑みた「政策論」を考えると、合憲として安保法制を成立させなければならないのは誰の目にも明らかである。すなわち中国、北朝鮮、IS(イスラム国)、そしてロシアの現状などを考えたとき、そこにはすでに日本国憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義」は遥か彼方に消え去っているのである。しかし、一部の抽象・理想の世界に生きている学者は、こうした現実世界に目を向けていないのではないか。
安保法制の議論は今後も激化していくであろうが、「法律論」に拘泥せず、法律の外の世界にも目を向け、日本の安全保障に本当に必要なものは何かを議論していくべきであろう。
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