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2015-06-10 00:00
安倍、中露分断と北方領土前進を狙う
杉浦 正章
政治評論家
仏ランブイエ城で開かれた1975年の第1回先進国首脳会議で三木武夫に同行取材して以来、サミットと日本外交を注視してきたが、今回の独エルマウ・サミットほど日本の首相がイニシアチブをとった例を知らない。地球儀を俯瞰する安倍外交の成果でもあろう。逆に、普段は会議をリードするオバマの影が薄れた。早くもレイムダック化が始まったのだろうか。とくに「安倍先導」が会議をかつてなく厳しく中国の南沙諸島埋め立て非難へと導いたことは、東・南シナ海における中国の軍事行動に対して紛れもなく強いけん制効果を発揮した。安倍は、事前にウクライナ訪問を設定したことにより、ウクライナ問題での存在感まで発揮した。サミットは議長のメルケルと、その言動から事前の綿密な計算がうかがえる安倍ペースで展開した形となった。必ずしもオバマと関係が良くないメルケルとの3月の会談での事前根回し、4月の日米首脳会談での圧倒的日米関係の誇示と安保関係の強化。そして席の温まる間もない活発な首脳外交。これらを可能にした国内政局の安定とアベノミクスの成功が、総合的な力となってエルマウ・サミットでの「発言力」となった。
自由世界GDP第2位の日本の発言力は、もともともっとあってもよかったのだが、歴代首相のサミット外交はさっぱりさえなかった。安倍の各国首脳との気心の知れた個人的関係も重要な役割を果たした。その意味で毎年首相が代わるという日本の政治の弊害は改めて考え直す必要がある。一連の動きの中で注目すべき外交上の特徴は、安倍がサミットから外されて2回目となるプーチンに対して微妙な球を投げたことである。安倍は、G7の“プーチン外し”について、「最初から来年のサミットを『ロシアを入れず、G8にはしない』、『プーチン大統領は入れない』という態度ではなく、プーチン大統領が建設的な関与をするようにわれわれがしっかりと促していく。例えばウクライナの停戦合意も、ロシアが国際社会に対して分かりやすく責任を果たしていくという状況を作っていく。プーチン大統領がそういう方向に向かうよう、努力していきたい」とNHKに発言している。この発言はプーチン“カンダタ”めがけて下ろした芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」になり得るものだ。
米国は国務次官補・ラッセルが5月21日に安倍がロシアのプーチン訪日の可能性を探っていることなどについて、「現在の状況では、ロシアと通常の関係を持たないとする原則を守ると信じている」と述べ、日本を牽制(けんせい)している。安倍はこれを無視するかのように、記者会見で「ロシアとは戦後70年たった現在もいまだに平和条約が締結できていないという現実がある。北方領土の問題を前に進めるため、プーチン大統領の訪日を本年の適切な時期に実現したいと考えている。具体的な日程は、今後、準備状況を勘案しつつ、種々の要素を総合的に考慮し、検討していく考えだ」と日本の特殊事情を説明した。安倍はプーチン訪日で北方領土を前進させ、ウクライナ問題での停戦合意の順守などの前進を図り、場合によっては議長国として伊勢志摩サミットをG8に拡大することを目指しているに違いない。このため安倍はまず外相・岸田文男のロシア訪問に向けた環境整備を図るため、外務審議官・杉山晋輔をロシアに派遣する方向で調整を進める。
まさに米国一辺倒でなく独自外交もあり得ることを示したのだ。安倍の狙いは何処にあるかと言えば、精緻(ち)に組み立てられた対露外交推進の構図であろう。まず第一の狙いは北方領土解決への糸口作りである。孤立したプーチンこそ、領土問題での妥結に結びつけやすいと考えたのであろう。プーチンの80%を越える驚異的支持率はクリミア併合という領土問題にあり、北方領土での譲歩は容易ではあるまいが、安倍は持っていきようによっては前進可能と踏んでいるのであろう。その感触をつかんでいるのかもしれない。次ぎに重要な意味は中露接近分断であろう。今年は戦後70年に当たり、プーチンは5月9日の対ナチス・ドイツ戦勝記念日に中国国家主席・習近平を国賓として迎え、大接近をしている。習は9月3日の「抗日戦争勝利記念日」にプーチンを北京に招くなど、接近姿勢を強めており、これが中国の東・南シナ海への覇権行動を容易にする可能性が大きい。安倍にしてみれば、これを阻止する為には自らのプーチンとの個人的な関係を維持して、日露協調を実現する必要があるのだ。これはメルケルのオバマとの冷たい関係と親露姿勢に若干は似ていなくもない。サミットの背後にある安倍の思惑を切り取ると以上のような外交の機微が浮かび上がってくる。安倍に課せられた課題はG7の足並みを乱さずに、来年のサミット前に北方領土を前進させなければならない、という極めて難しいかじ取りであろう。
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