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2015-04-23 00:00
安倍は歴史認識で「地歩」を築いた
杉浦 正章
政治評論家
祖父・岸信介の発言「先の大戦への深い反省」が 、首相・安倍晋三の歴史認識でもキーワードとなる方向となった。バンドン会議での演説でも、習近平との会談でも、安倍はこの言葉を使った。しかし村山談話やこれをコピーした小泉談話の三点セット「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」には言及しなかった。安倍の「過去の談話に書かれていることについては、引き継いでいく。引き継いでいくと言っている以上、これをもう一度書く必要はない」という政治信条は、貫かれる流れが強まった。中国側からは強い反発は出ていない。これが意味するものは、ことあるごとに「お詫び三昧」を繰り返して国民を意気消沈させた歴代首相の歴史認識から、安倍が離脱する外交的な新たな地歩を固めつつあることを意味する。日中首脳会談の冒頭は、昨年11月の会談では嫌々ながらも会ってやると言う姿勢がボディーランゲージに現れていた習近平が、笑うとこんなに可愛いキューピーちゃんみたいな顔になるのか、と思えるほどの様変わりだった。会談時間は前回が25分で、今回は30分だから、大きな変化はないが、内容は踏み込んだ。歴史認識を習近平が持ち出し、安倍が答えるありさまには、とげとげしさは消えていた。
逆に習は「歴史を直視してこそ相互理解が進む」としながらも、「9月の抗日戦争勝利記念日でも、今の日本を批判する気はない」と述べ、安倍を記念行事に招待した。この「今の日本を批判しない」は、極めて大きな中国側の転換である。安倍は「村山談話、小泉談話を含む歴代内閣の立場を全体として引き継いでおり、今後も引き継いでいく」と述べた上で「先の大戦の深い反省の上に、平和国家として歩んできた姿勢は、今後も不変だ」とも語り、理解を求めた。習の様変わりの原因は何処にあるかだが、まず第一に2012年の就任以来舞台裏で繰り返された権力闘争もほぼけりが付き、主席としての地位が確立したことが挙げられる。あの微笑は自信の表れでもある。加えて満を持して打ち出したアジア・インフラ銀行も57か国が参加、軌道に乗りそうな雰囲気も出てきた。日米は不参加を表明しているが、習には日本だけでも参加させ、日米を分断したいとの思惑があるのだろう。日本だけでも参加すればガバナンスに難があるとされる加盟国からの信頼も得られるからだ。さらに加えて、昨年11月の首脳会談以来、せきを切ったように議員交流や経済界の交流が進展して、まさに“政経分離”の雰囲気も生じつつある。この流れを受けて激減した日本からの対中投資を呼び戻したいのであろう。自民党総務会長・二階俊博が5月には3500人の財界人を引き連れて訪中することも、対中投資の拡大を図る上で重要だ。落ち込んだGDPはせめて7%台を確保したいのだ。
こうして習は歴史認識を軸に対日けん制を繰り返してきた路線を転換し始めたのだ。一方安倍も日中間ののどに刺さったとげを抜き、戦略的互恵関係を確立することは、至上命題でもあるが、歴代首相が繰り返してきた“3点セット”に立ち戻ることは政治信条が許さない。しかし国内では安倍シンパと思っていた読売新聞までが、渡辺恒雄の威令が届かなくなったのか、4月22日に「戦後70年談話、首相は『侵略』を避けたいのか」と題する社説で「談話が『侵略』に言及しないことは、その事実を消したがっているとの誤解を招かないか」と、初めて安倍政権に噛みつく始末。23日の社説でも「物足りなかったのは首相の歴史認識への言及である」と批判。朝日や毎日と同じ事を言うなら読売など購読する理由がなくなるが、本当に我が敬愛するナベツネはどうしてしまったのだろうか。侵略について安倍は、バンドン演説では「侵略や武力行使などによって他国の領土を侵さない」、「国際紛争は平和的手段によって解決する」といったバンドン10原則を引用し、「この原則を、日本は先の大戦の深い反省とともに、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と言明した。
この10原則引用による「侵略」への言及は、日本から見れば日本の侵略を意味すると受け取れるが、複雑な歴史認識問題を知らない圧倒的多数の会議出席国からみれば、中国の南シナ海進出をけん制しているとも受け取れる巧妙な発言だ。戦後50年の村山首相談話、戦後60年の小泉首相談話に盛り込まれた「植民地支配と侵略」や「おわび」といった表現には、今回の演説では全く触れなかった。この安倍の姿勢は冒頭述べたように歴史認識で「新たな地歩」を築き始めた事を物語っている。事務当局による事前の根回しを基に行われた首脳会談では、習から歴史認識で強い主張はなく、冷戦状態が微笑外交へと変化する兆しすら感じさせた。習が9月の戦後70年記念式典で「今の日本を批判しない」と約束したことの意味は極めて大きい。安倍が機会あるごとに習との首脳会談を目指す路線は、まさに妥当であり、この流れを推進すべきであろう。日中両国は雨降って地固まるという局面に持ち込むべきだろう。日中関係が進展する中において、韓国の朴槿恵はどうするのだろうか。孤立感を強めているに違いないが、日本側から手を差し伸べる話ではさらさらない。
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