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2015-03-01 00:00
(連載1)日銀にはそろそろ「出口」を考えてほしい
中村 仁
元全国紙記者
日銀の岩田規久男副総裁は2013年3月、就任前、国会で所信表明し、「2年で2%の消費者物価上昇率の達成ができなければ、辞任する」と語りました。あれからもう2年、その実現は不可能となりました。約束を守って辞任したほうがいいのではないでしょうか。
同時に誕生した黒田総裁は異次元の金融緩和に踏み切り、「2年程度で2%目標を達成する」、「できるだけのことをする」、「戦力の逐次投入はしない」と約束しました。総裁はデフレ脱却に向け、大胆な政策転換でデフレ心理を消し去るという意気込みでした。金融政策だけで物価を決められるほど単純ではありません。その後、「15年度中に達成する」と目標は後退しています。
たとえば、5年の目標が1、2年ずれても文句を言う人は少ないでしょう。2年の目標が1、2年ずれるとなると、「約束が全然、違うではないか」となりますね。それでも総裁は発言を事後的に小出しにして修正してきましたから、財務省出身者らしい巧妙さはあります。それに比べて、岩田副総裁は「実現できなかったら辞職する」でしたから、穏当ではありません。総裁より下位にいる副総裁が総裁より明確に、それも国会の発言で目標達成に言及するとは、いったい何だったのでしょうか。
経済、景気、金融は生き物でもあり、天気のようでもあり、コントロールも予測も難しいのです。だからこれまでの正副総裁の発言はこれまで、曖昧もこ、後に揚げ足を取られないような工夫を凝らしてきました。岩田氏のように「だめなら辞職する」といった人は、日銀史上、まずいません。よほど副総裁になりたかったのか。今回の大胆な金融緩和の効果に、相当な自信か過信があったのでしょう。中央銀行は金融政策の軸であり、その動向に市場は過敏に反応します。岩田氏は就任前、学習院大教授で、積極緩和派の急先鋒、それまでの日銀の金融政策に批判的な経済学者でした。安倍政権の金融拡張的な経済思想にぴたりと合ったため、抜擢されたのでしょうね。(つづく)
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