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2006-12-06 00:00
アジア通貨単位(ACU)とヨーロッパ通貨単位(ECU)
池尾 愛子
早稲田大学教授
11月6-9日に中国・天津の南開大学日本研究院において、「東アジア地域統合の進展及び地域協力」というテーマで開催された国際シンポジウムに参加した。例年9月に開催されている同院のシンポジウムが11月の開催に延びたのは偶然であったが、10月8日に日中首脳会談が北京で実現したことを受けて、かなり刺激的で興味深いものになったといえる。今回のシンポジウムは、日、中、韓、ヴェトナムの4カ国からの参加者があったことが一つの特徴であり、経済、金融、政治、文化など幅広いテーマを含んでいた。
シンポジウムでの発表・議論で、ヴェトナム人たちと、日本人の一部から、かつてのECU(ヨーロッパ通貨単位)の経験を活かすと、紙幣や硬貨という現金を伴わないACU(アジア通貨単位)ならすぐに実現できるのではないか、まだ実現しないのはなぜかという主張・疑問が出された。それに対して、私は自分のECU体験を述べて懐疑の念を表明した。現金「通貨」が存在しないときには、クレジットカードや小切手で「通貨単位」を使うことになり、カード会社や商業銀行などの対応が鍵になる。ただ、ACU早期実現派を説得できたわけではなく、非公式な会話の場でも実のある議論にならなかった。会議の後で考えてみるに、もし東アジアでACUが認められたなら、東アジアで設立される国際学会の年会費の支払いが、ACUを最初に流通させるきっかけになる可能性があると思われる。それゆえ、私のECU体験を振り返って、たとえ表面的・個人的なことであっても紹介しておく意義があるかもしれないと感じるようになった。
1990年代半ばに、ヨーロッパ経済学史学会(ESHET)が設立された。別のグループであるヨーロッパ経済学史会議(ECHE)の活動に参加していたので、学会入会の案内がイギリスの事務局から日本の私のもとに届いた。初年度1996年度の年会費がECU、独マルク、米ドルのいずれかでクレジットカードによって払えることになっていたので、私はECU建てで年会費を払った。しかし後日、通常処理より2-3ヶ月遅れてカード会社から届いた明細書では独マルク建ての利用金額が記されて、それが日本円に換算されて銀行口座から引き落とされることになっていた。独マルクでの買い物は身に覚えが無かったので一時は仰天し、事情を呑み込むまで多少の時間を要した。2年度目の年会費はECU建てのみであったが、独マルクでのカード利用の明細書を受け取ったと思う。3年度目の年会費支払い書類のコピーは残っていて、1年分の年会費は20ECUから30ECUに上がり、5年分年会費140ECUを支払ったことになっている。その次の1999年度の年会費からユーロ建てになっている。
遡るが、ヨーロッパの会員たちにはECU建て小切手で年会費を支払うことが推奨され、皆が積極的に銀行の窓口を訪れたようだった。ESHETは各国の経済学史学会の寄り合い所帯であるが、各国の経験を積んだ幹部クラスが連携して活動していた。ECU建て小切手の作成は、ポルトガルとスペインでは拒否されたが、他の国々では実現したと聞いた。(私はESHETの年次大会に参加したことはなく、この頃ECHEには積極的に参加し、そこで聞き取り情報を得ていた。)1998年の学会ニューズレターには、ドイツ人財務担当理事による独マルク建て学会収支報告書が掲載された。当時はECUと独マルクのレートだけが「1ECU=2独マルク」と確定していたが、銀行はECU建て預金を受け入れなかった。現金のない「通貨単位」での預金はどの銀行も受け入れないのであろう。財務担当理事によれば、(処理に時間がかかったためか)小切手の有効期限切れ、クレジットカードの期限切れがあったほか、一部のクレジットカード会社による取扱い拒否、ECUロゴに対する無理解があった。他のクレジットカード会社もECU建て取引に極めて消極的で、学会との間で論争になったことも報告されている。
商業銀行やカード会社にしてみれば、為替市場で取引されない「通貨単位」は、もしどこかの通貨当局あるいは国家権力が他の国民通貨や地域通貨との間の為替レート表を確定するなど後ろ盾になるのでなければ、取扱いに困るのではないか。交換性のない国民通貨であっても現地で買い物をしたのであれば、クレジットカードが使える場合が増えているので、カード会社がACU建て取引に積極的になる理由は少ないように思われる。仮に東アジアの国際学会の年会費をACUで払おうとする機会が発生しても、ヨーロッパの経験を単純に繰り返すことにはならないであろう。学者側はともかく、ヨーロッパとアジアにネットワークを持つカード会社や銀行は既に経験を積み何かを学習しているはずである。
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