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2006-12-01 00:00
劇映画の効用
湯下 博之
杏林大学客員教授・元大使
政策掲示板「議論百出」の11月3日付投稿の中で、私は、日本人が外国のことを知る上で、メディアによる報道や映像が身のまわりに届けられることが大切である、ということを述べた。今回は、その続きとして、映画についての私の体験を述べて、ご参考に供するとともに、ご一考をわずらわしたい。1991年から94年にかけて、私が日本大使としてベトナムに在勤中、著名な映画評論家でアジアの映画界と深くかかわっておられる佐藤忠男氏が、毎年ご夫妻でベトナムにお見えになり、優れたベトナムの劇映画をご自身で選定されていた。同氏は、それらの映画に日本語と英語の字幕を付して、福岡市で毎年開催される国際映画祭に出しておられるとのことであった。
私も映画は嫌いな方ではないが、ベトナムで上映されるベトナムの映画は、言葉がベトナム語のみであるため、観ても分からないので、一本も観ていなかった。しかし、佐藤忠男氏からお話を伺って、日本でなら日本語の字幕付きのものを観ることができることが分ったので、機会を待つことにした。その結果、福岡の国際映画祭には間に合わなかったが、その後引続き東京の或る小さな映画館で上映されることを知り、偶々一時帰国した際に、ベトナムの劇映画を一本観ることができた。そして分かったことは、ベトナムの劇映画は面白いのである。黒白であったが、社会主義国の映画であるにも拘らず教条的でなく、人情の機微に溢れており、かつて一世を風靡したイタリアのネオ・リアリズムの映画を思わせるものがあった。
そこで、私は、是非ベトナムにいる日本人及び英語の分る外国人に、日本語と英語の字幕が付き、著名な映画評論家の佐藤忠男氏が選んだ優れたベトナムの劇映画を観せてあげたいと考えた。ちょうど、ハノイで、日本と統一ベトナムとの外交関係樹立20周年を記念する文化行事を計画していたので、その中で、日本映画と並んでベトナム映画を上映することを企画し、福岡市にお願いしたところ、全面的なご賛同とご支援を得、佐藤忠男氏の選んだベトナム劇映画9本を、著作権者の了承を得た上で、無料でお借りすることができた。幸い、この企画は好評を博し、ハノイ在住の日本人のみならず、普段はベトナム映画を観ることのない外国人の人達にも喜ばれた。また、ベトナムの関係者の人達も、このような形でベトナム映画の紹介をしたことを高く評価してくれた。
そして、この話を、上記の文化行事実施のための募金をお願いしていた経団連の事務局幹部の方々にお話したところ、そういう映画があるのなら経団連でも上映してみようということになった。経団連での上映後、観客からのアンケートの結果を私に送ってくださったので拝見したところ、これも大変な好評で、「ベトナム映画がこんなに面白いとは知らなかった」、「もっと、こういう機会を設けて欲しい」、「ベトナムだけでなく、他の国の映画も上映して欲しい」といった声が多く見られた。劇映画は、単に面白いかどうかだけでなく、その国の人々の生活ぶりやものの考え方、風俗習慣なども自然に分って、短期間の旅行では得られない知識も得られるので、外国との相互理解を図る上で極めて貴重な手段となり得る。特に、上述の例のように、しっかりした人が選んだ良い映画は、相手国に対する文化的な評価や親近感を与えるという面でも意義が少なくない。劇映画の上映は、著作権の問題や経費の問題もあるので、簡単にできることではないかも知れないが、メディアや教育機関などが中心になって、例えばアジア諸国の良い映画を毎年多勢の日本人が観るというようにできないであろうか。
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