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2014-03-10 00:00
(連載3)ウクライナ危機の前時代性と国際秩序の揺らぎ
六辻 彰二
横浜市立大学講師
他方、少なくともこれまでの公式の発表からは、オバマ政権が軍事的オプションを選択するとは伝えられていません。昨年のシリアでそうであったように、自国の経済、財政状況もあって、オバマ政権はできるだけ軍事衝突を回避する選択をしてきました。また、西欧諸国と違って、米国にとってウクライナは遠い土地であるため、良かれ悪しかれ米国政府の行動を決定づける世論の後押しも期待しにくいといえるでしょう。何より、米ロが正面から衝突することは、冷戦時代から一貫して避けなければならない事柄としてあったことです。まして、経済的な相互依存関係が発達した現代にあって、大国間の軍事衝突がもたらし得る負のインパクトは、冷戦期と比較になりません。もちろん、ロシア側にとっても米国との正面衝突はリスクが高すぎます。そのため、クリミアのウクライナ軍に投降を呼びかけながらも、それが欧米諸国の本格的介入の契機になり得る以上、ロシア軍は仮に戦闘行動を起こすにしても、タイミングを慎重に選ぶとみられます。実際、プーチン大統領も4日の時点で、「現段階での武力行使は不要」と述べています。少なくとも実際に火の手があがらないなかでは、「世界の警察官」もNATO加盟国でもないウクライナのために心中はできないというのが、正直なところでしょう。オバマ政権が直面するジレンマや手持ちのカードについては、プーチン大統領もよく認識しているでしょう。そのうえでロシア政府は、いわば「米国の足元をみている」と考えられます。そして、それがまた米国政府のフラストレーションを高めているとみることに、大きな無理はありません。いずれにせよ、オバマ政権はロシアと全面的に対立することも、あるいは逆に全く傍観することもできない状況にあるのです。
このなかで考えられるシナリオとしては、冷戦時代にそうであったように、大国間が自らの勢力圏を確定して妥協する、というパターンがあります。もちろん、帝国主義時代のようにあからさまな「ウクライナの分断」はどの国も言えませんし、ウクライナ暫定政府も受け入れないでしょうし、EU加盟国の中でも周辺大国に分断された歴史をもつポーランドなどからも異論が出ることは、想像に難くありません。ゆえに、主権国家としてのウクライナを保持することは、全ての当事者の前提になるでしょう。他方、ロシア政府は派兵期間を「クリミアの安定が回復されれるまで」としています。どの状況を指して「安定が回復した」と言えるかに客観的な基準はなく、いわばロシアやロシア系住民の意向によるところが大です。言い換えれば、納得できない限りロシア軍は引かないということにもなります。
これらを考え合わせると、ロシアと欧米諸国の妥協点になりやすいものと考えられるのは、クリミア一帯の自治権を大幅に強化して、モスクワが影響力を行使しやすい状態を生みだしたうえで、ロシア軍が撤退する、というパターンです。その場合、ロシアとの直接対決を回避したい欧米諸国が(それをしぶるであろう)ウクライナの暫定政府に憲法修正などを働きかけたとしても、不思議ではありません。もちろん、この想像が当たっているかどうかは、今後の経過を注視しなければなりません。しかし、一つ確かなことは、ロシアと欧米諸国はいまや降りられないチキンレースを始めたのであり、しかもそのオッズは少なからずロシア有利ということです。そして、この状況が示唆しているのは、冷戦終結後の国際秩序が、いよいよ揺らぎ始めたということです。
冷戦終結と共産主義体制の崩壊後、「市場経済と自由民主主義」の理念と政策がある種のスタンダードとなり、それは翻って欧米諸国が中心となる国際秩序を支えてきました。しかし、新興国なかでも中国が台頭し、金融危機後の対応では米国型市場経済より新興国型の国家資本主義が高いパフォーマンスを発揮しました。他方で、ヨーロッパ諸国の世界全体のGDPに占める割合が低下し、さらにイラク戦争などで「自由」や「民主主義」といった理念があからさまに政治的な道具に利用されて米国のソフトパワーが損なわれました。こうした中で、以前に述べたように、米国中心の国際秩序は欧米諸国のなかでも1990年代のような頑強さを失ってきました。今回のロシアの行動は、冷戦終結後の国際秩序が揺らぎ始めた結果であると同時に、これをますます促す契機になり得るといえます。その意味で、今回と同様の、帝国主義時代を彷彿とさせる、あからさまな利害関係に基づく危機や緊張は、世界の他の地域でもより起こりやすくなると考えられるのです。(おわり)
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