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2014-03-09 00:00
(連載2)ウクライナ危機の前時代性と国際秩序の揺らぎ
六辻 彰二
横浜市立大学講師
今回のウクライナ危機で最も目立つのは、ロシアによるレトリックと主張が、非常に時代がかったものであることです。先に触れたように、ロシアは「クリミアのロシア系人がウクライナ国内の混乱のなかで、安全など基本的人権が侵害されている」と主張し、その保護を名目に軍事行動を起こしています。ウクライナの人口の約17パーセントはロシア系人で、その多くはクリミアなどロシアに近い東部に居住しています。クリミアのロシア系人の多くが、文化的、民族的にはともかく、国籍上ロシア人なのか、ウクライナ人なのかは定かでありません。しかし、いずれにせよ「同胞の保護」を前面に掲げて軍事行動を起こすロシアの手法は、相当程度、旧時代的です。今からちょうど100年前の1914年、第一次世界大戦が発生しました。第一次世界大戦は帝国主義列強の衝突といえますが、この時代は「自国民の保護」を名目に列強は各地に軍隊を派遣し、どさくさに紛れて権益を確保するといった手法が定着していました。冷戦終結後、あるいはソ連崩壊後の世界では、1999年のコソボ内戦へのNATOの軍事介入に象徴されるように、欧米諸国は軍事介入において少なくとも公式には、「人道、人権」を大義に掲げることが多くなりました。対テロ戦争の高まりとともに、その錦旗は「テロ対策」となりましたが、以前に述べたように、2011年のリビア介入の頃から、再び「人道・人権」への揺れ戻しがみられます。ただし、欧米諸国は人道や人権といった、国境にとらわれない、いわば非常に「高尚な」理念を掲げる一方で、自分たちの利益は踏み外さないという行動パターンをとってきました。リビアへの介入は、その象徴です。これを称揚するものではありませんが、少なくとも巧みといえば巧みなやり方です。いずれにせよ、これと比較すると、今回のロシアの行動はあくまで「ロシア人の保護」が大義であり、全てのベクトルがあからさまに自国に向かう、きわめて前世紀的な主張であることは確かです。ただし、先祖返りしているのはレトリックだけではありません。今回の対立の中核にあるのは、いわば剥き出しの経済的利害関係です。
グローバル化が進むなか、そして金融危機以降、世界経済の不透明感が払拭されないなか、各国が「手堅い利益」を求めてFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の乱発に向かうことで、グローバル市場はその広がりが有限のゼロ・サム・ゲームとしての色合いを強めています。先述のように、ウクライナはEUとロシアの狭間で、その陣取り合戦の対象となってきました。いわば、二つの勢力がイデオロギーや理念の波及は後回しで、自らの経済的利害を隠しもせずに特定の地域を奪い合うという、これまた冷戦以前に一般的だった状況が、今回の対立の背景には顕著にみられます。ウクライナを舞台に、いわば非常に古典的な対立劇が繰り広げられる状況は、ロシア有利のペースで進む公算が高くあります。ロシアのプーチン大統領は欧米諸国からの批判に全く譲る気配はみせていません。ウクライナが「最終防衛圏」である以上、ロシア政府が相当の覚悟をもって臨んでいるとみて間違いないでしょう。他方で欧米諸国も批判のトーンを強めています。既に、ソチで開催される予定だったG8サミットはほとんどの国が欠席を表明しており、国連安保理でも批判が相次いでいます。しかし、西側諸国がロシアを抑制することは、かなり困難です。特に西欧諸国はロシアとの相互依存関係が深く、例えばドイツは輸入する天然ガスの約40パーセントがロシア産といわれます。また、仮に軍事的な緊張が高まったときに、西欧諸国だけでロシアに対抗するのは、やや荷が勝ちすぎています。これらに鑑みれば、米国の反応が状況を大きく左右することは確かです。
しかし、米国政府は深刻なジレンマに直面しているといえます。つまり、「ロシアに負けるわけにはいかないが、あからさまにロシアに勝つわけにもいかない」のです。「今回のロシアの行動はこれまでの米国とそれほど差異がないではないか」と言われようとも、同盟国である西欧諸国が深くかかわっている以上、米国政府にとってこれは看過できない状況です。エネルギーを通じた影響力だけでなく、いまやポーランドと隣接するロシアの飛び地カリーニングラードに配置された、核弾頭搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンダル」(射程500キロメートルは、イランの弾道ミサイル以上に、西欧諸国にとって直接的な脅威となっています。その意味で、結局腰砕けになったシリアの際とは違います。のみならず、今回のロシアの行動を指をくわえてみていることは、(いずれの政権であれ)米国政府にとって米国主導の国際秩序を放棄することになりかねません。ロシアからみれば「冷戦終結後の25年間は欧米諸国のペースでコトが進められてきた」という不満が強いでしょう。1999年に「人道的な危機」を強調してNATOがセルビアに軍事介入し、結果的にコソボに親欧米政権を樹立させたことが、セルビアと友好的だったロシア側からは「うまいことを言いながら欧米諸国が自分たちの縄張りを切り取った」と映ることは確かです。しかし、今回のロシアの主張と行動が国際法上問題の多いことは、それと同じくらい確かです。米国政府にとって、今回のケースを認めてしまえば、同様の事態を今後再び招きかねないという危惧は大きいでしょう。しかし、何らかの手段でロシアを抑制するとしても、同国をやり込めすぎることは米国も避けたいところでしょう。昨年から、イランの核開発やシリア内戦の問題をめぐって、米ロは協議を重ねてきました。つまり、米国はロシアに「へそを曲げられては」困る問題をいくつも抱えているのです。
そのうえ、さらに問題なのは、仮にロシアに行動を変更させるとしても、米国がもつカードが必ずしも強くありません。オバマ政権は外交的非難に加えて、ロシアとの金融取引の規制などの経済制裁を発動したほか、シェールガスなどを西欧各国に回すことも検定しているといわれます。経済制裁の発動となれば、直接投資の減退により、ロシア経済に大きな打撃になるとみられます。とはいえ、経済制裁の発動は欧米諸国にも少なからずダメージとなります。仮にロシアとの取引が停止した場合、先ほど述べたように、多くの西欧諸国はロシアから燃料が入ってこなくなります。米国からの補充があったとしても、国際市場におけるロシア産原油の流通量が激減すれば、不透明感のただよっている世界経済にさらなる冷や水を浴びせることになりかねません。少なくとも自らが少なからずダメージを受けるとなれば、あとは「覚悟」の問題ですが、ロシアのウクライナに対する思い入れほどに、欧米諸国のそれは大きくありません。したがって、経済制裁を長期に渡って行うことは困難といえます。(つづく)
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