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2013-12-04 00:00
(連載)同盟国間の盗聴は裏切りか(2)
袴田 茂樹
日本国際フォーラム評議員
チャーチルだけでなく、かつて世界の政治家は、国家の安全保障のために、情報機関が機密情報を収集するのは当たり前と考えていた。情報収集のターゲットとして、大統領や首相に関わる情報が最重要というのも、常識である。政治のトップに立つ者は、当然それに対する防御も十全に行い、国家の責任者が他に漏れては困る事柄を電話や無線(今では携帯電話やインターネットなど)で話すといった愚かな行為はあり得なかった。万一、今回のような問題が起き機密が漏れたと分かった場合にも、むしろ盗聴された方が自らの恥として、ことが表面化しないよう関係組織間で処理された。今では、諜報活動などの情報がすっぱ抜かれるようになったせいか、盗聴された首相や大統領がテレビを通じ全世界に向けて、「信じられないこと」「あってはならないこと」として相手を非難するキャンペーンをしている。
今日でももちろん各国にインテリジェンス機関は存在するし、諜報関係者の間では、同盟国や友好国も含めてお互いに諜報活動をしていることは常識である。米国と英国やカナダなどの間では諜報活動はなされていないというのも、たんなる公式論に過ぎない。私が考えているのは、チャーチルなど以前の首脳とメルケルやオランドなどの意識の差がどのようにして生じたのかという問題だ。数十年前の国際関係を比べると、現在は国家間の対立を超えたグローバル化が進み、ポストモダニズムの時代に入って、少なくとも先進国間では信頼関係を基にした国家関係が構築されている、との見解がある。国際政治学でも、以前は素人的とみなされた「信頼構築」が重要な概念となっている。となると、チャーチルのようなリアリスト的な感覚が、古臭い時代遅れの政治感覚になったのか。それとも、メルケルたち現代の政治家たちが、ナイーブになり素人的になっているのか。
フランスのオランド大統領は政治家としてナイーブなのかもしれない。しかし私には、メルケルは東ドイツに育ったが故に盗聴問題に敏感であり激怒した、というのは信じられない。むしろ逆に、共産国で育ったからこそ、リアリスト的な感覚をしっかり有していると私は考える。したがって彼女は、ドイツは同盟国からも諜報活動をされており、首相は当然そのターゲットになっていると知っていたはずだ。彼女がテレビで米国を公然と批判したのは、むしろ国内向けの政治パフォーマンスではないだろうか。かつて彼女は、素粒子論や放射線問題を知悉した物理学者として、原子力発電の積極的な推進派だった。しかし、原発問題で彼女のキリスト教民主同盟が緑の党などに押されて危機状況に陥ると、突然原発反対派に立場を転じた。彼女は本来はリアリストのはずだ。しかしチャーチルと異なり、世論に迎合するポピュリストあるいは偽善的な政治家、という姿が見える。
いや、彼女の罪ではなく、諜報活動がすっぱ抜かれる時代になって、政治家としてこのような対応を余儀なくされているという面もある。さらに、ドイツや欧州社会の政治風土や世論が、ある意味で以前と変わってきているのかもしれない。「米国と比べて欧州はプライバシーの保護に敏感だ」との論も聞かれるが、以前はむしろ逆であった。つまり、ピューリタニズムの伝統の強い米国は人権などに敏感で、あるいはより偽善的で、欧州国民の方が醒めた大人、というイメージが強かった。今は、欧州国民がよりナイーブになっているのだろうか。そして、このような問題に対して、日本はどうなのだろうか。(おわり)
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