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2013-10-17 00:00
賃上げ要請によるサービス残業強化の懸念
磯田 二郎
団体役員
安倍総理は所信表明演説において「若者が活躍し、女性が輝く社会を創り上げる」、「若者・女性・・・の収入を増やす」と宣言した。年初来、総理、高村自民党副総裁、茂木経済産業大臣と政府・与党がこぞって米倉経団連会長はじめ財界人に賃上げを要請してきたことと軌を一にする。連合は当初政府による労使交渉への干渉を嫌ってかこの賃上げ要請に反発したとの報道も見られたが、昨今ではこれを了承し、労使双方とも賃上げに向かって動いているとの印象を受ける。これは一見結構なことに思えるが、現実を見た場合に、もしやサービス残業増大という若者や女性の夢を挫きかねない問題が潜んでいるのではないかとの懸念を禁じ得ない。
ミクロの視点に立つと、「従業員の総報酬引き上げ」を考えている米倉会長に対して、一時金でと考えている企業もあると報じられており、各経営者の本音は不透明との印象を受けざるを得ない。アベノミクスの効果が出始めているとのいくつかの統計のもと、日銀短観もこれまでにない明るい方向を示しているとはいえ、見落としてならないのは、各企業が直面している現実ではないか。第一に、グローバル化のもとで各企業は熾烈な競争を国境なき市場で毎日強いられ、また何よりも国内同業他社との競争に追われている。第二に、契約を取るためには顧客を床の間に座らせればよかった時代はとうに過ぎ去り、アカンタビリティ-を全うするために、ぎりぎりまでコストを削った、かつ詳細にわたる入札を行わなければならい。第三に、こうしたことの結果、社員の仕事量はうなぎのぼりに増えている。
こうした中で総理の働きかけの結果経営側が賃上げに踏み切った場合、当然のことながら人件費は増大するが、経営側はどこで帳尻を合わせようとするのだろうか。法人税減税やアベノミクスによって企業が儲けた分をこれに充てるとのことだが、儲けたとしても内部留保に回す癖がついている企業もあれば、激しい競争と人件費の後年度負担を考えて悩みこむ企業もあろう。悩んだ末に、人件費が増大した分を「どこか別のところ」で「別の形」で相殺したいという誘惑にかられる企業が出てくる蓋然性は本当にないのか。非正規社員の雇用でしのいでいくのか、あるいは正規・非正規を問わず若者や女性へのサービス残業を事実上強化していくのだろうか。仮にこうしたことが経営者の心のどこかに潜む本音であるとすれば、帳尻合わせの皴寄せを受けるのは若者や女性となる危険があるのではないか。
これが杞憂に終わればよいが、筆者は強い懸念を持たざるを得ない。なぜか。それは例えば、企業内で部長クラスが残業時間記録の記入ににらみを利かせているとの話を耳にするからである。残業時間には上限が定められているから、サービス残業の実態は記録の上ではわからないことが多いと言われている。残業時間がどんなに多くとも、うっかり正直ベースで残業時間を書こうものなら睨まれるかもしれない、いや現に睨まれることもあるから大幅に過少申告をする、疲れ切った若い社員や女性社員が保身のためこのような行動パターンに走るとき、そこに夢は生まれない。夢が生まれなければ「若者が活躍し、女性が輝く社会」は生まれようがない。総理にはこういうミクロレベルの現実にぜひとも目を向けて頂きたく、その上で経営者にしっかりと釘を刺して頂きたい。また、何よりも社長方には自社の若手社員たちの本当の勤務実態について真の姿をまずは把握していただきたい。くれぐれも弱者で帳尻合わせをしないために。
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