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2013-07-17 00:00
中国の「影の銀行業」問題に寄せて
池尾 愛子
早稲田大学教授
私が中国を訪問するようになった経緯は、本欄「議論百出」に「中国で話をするとき、留意したいこと」と題して、2012年2月20日に簡単に書いたことがある。中国問題研究者しか中国を訪れない状況を心配した中国問題研究者から、国際的な研究交流のために中国を訪問するように頼まれたことがきっかけであった。実は、中国問題研究者が憂慮していたことは他にもあった。中国で教えられている経済学や国際関係が、日本で教えられているものとかなり違うようなのだが、自分の専門分野とは離れているので、うまく説明できない、というのだった。ただ、中国では「イスラエルはイスラム教徒の国家である」と教えられていることだけは、自信を持っておかしいといえるとのことだった。その後確かに、私も「イスラエルはイスラム教徒の国家である」と中国で習ったという若者と会ったことがある。どのくらいの範囲で、このような教育がなされていたのであろうか。それとも、まだ続いているのであろうか。
他の中国問題研究者から指摘されたものに、「プライバシー」概念の中国解釈がある。中国では、サーズ(重症急性呼吸器症候群)や鳥インフルエンザに感染した人や同居者が隔離された時、「それはプライバシーの侵害である」と表現されて大議論がまき起こったことがあった。日本でならば、「法定伝染病にかかった患者は隔離されて行動(の自由)が制限される」などと表現される。中国の人たちの議論を聞いて、「あ、『プライバシー』の概念が違うんだ」と気づいても、その場で議論されるべきは「プライバシー」の概念ではなく、死に至る伝染病が流行りそうになった時に採るべき対策なのである。私も中国の人のこうした発表を聞いたことがあるが、かみ合わない議論をするほどの気力はないので、結局、黙ってしまうのである。
通貨・金融の問題が絡むと、中国の人たちの側で外の人たちと議論をしたくないようにすら見える。最近、新たな(深刻な)問題として報道されるようになっているものに、中国の「影の銀行業」がある。中国の「影の銀行業」は、銀行を経由しない融資や、不動産や資源に投資する資金を集めるための金融商品「理財商品」の組成・販売を指しているようである。中国以外にいる多くの人たちは、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻時に話題になった、デリバティブなど最先端の金融技術を駆使する(中国以外の)「影の銀行業」とは異なることに気づいている。経済・金融分野で、同じ言葉(「影の銀行業」)を使いながら、中国と中国以外で異なる意味が付与されている例である。
一般的にいえば、中国以外での社会科学上の概念が、中国では意図的に異なる意味で使われるように誘導されているように感じられることがある。私が直接接した場面でも、中国以外(特に西欧)の社会科学の概念が中国語に翻訳される時に、ひねりの入った解釈が行われることがあり、ときに反転した解釈が施されることすらあった。分かりやすい例をさらに追加すれば、中国では、資本勘定の自由化に言及することなく人民元は国際通貨であると主張されたり、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)は通貨であると語られたりしている。後者については、IMFも気にかけているようで、「SDRは通貨ではありません」と繰り返し注意を促している。比較的新しくは、2013年3月14日付のファクトシート「SDR」がある(http://www.imf.org/external/np/exr/facts/sdr.htm)。歴史的に振り返ると、金融分野では「学理と実際」が不可分に結びついて発展してきた。中国の金融・経済を透明化するためには、社会科学上の諸概念の内外のずれを解消することが不可欠である。そのためには、民主化に向かうしかない、と思われるのだが、いかがだろうか。
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