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2012-05-22 00:00
(連載)世界ウイグル会議は「蟻の一穴」になるか(3)
六辻 彰二
横浜市立大学講師
一方で、いかに中国への風当たりが強くなろうと、新疆が分離独立することは、現段階において想定できません。いかなる理由であれ、外部の国が、特定の国のなかの一地域の分離独立を支援することは、大きな摩擦を招きます。セルビアのコソボ自治州では、1999年にセルビア人とアルバニア人の全面的な民族間紛争が発生し、NATOの介入によって2008年に住民投票によって独立を果たしました。しかし、これに対してセルビアを支援するロシアは強く反発しており、いまだにコソボを国家として承認していません。内戦という極限状態にまでいたらずとも、地理的に遠く離れた、まして五大国の一角を占める中国の新疆において、欧米諸国がコソボほど力をいれて「分離独立」を支持するとは思えません。
同時に、新疆に暮らす多くのウイグル人たちも、「分離独立」を願っているとは言えないと考えられます。H.S.リーが2003年に新疆で行った調査「Herbert S. Yee (2003) “Ethnic Relations in Xinjiang: A Survey of Uyghur-Han Relations in Urumqi,” Journal of Contemporary China, 12(36), pp.431-452」は、これを裏付けるものといえます。リーの調査の要点をピックアップすると、(1)「自分の民族に誇りをもつか」-「もつ」(ウイグル人:90.6%/漢人:67.4%)。(2)「改革・開放以来、ウイグル人の生活水準の改善は、漢人のそれより早くなったか」-「同じ」(ウイグル人:49.5%/漢人:46.9%)、「早くなった」(ウイグル人:15.1%/漢人:38.0%)、「遅くなった」(ウイグル人:38.0%/漢人:12.5%)。(3)「分離独立運動への参加は全ての人々を傷つける(harm)か」-「強く賛成する」(ウイグル人:35.8%/漢人:64.4%)、「賛成する」(ウイグル人:47.9%/漢人:28.2%)。(4)「分離独立運動への政府の対応は」-「妥当」(ウイグル人:34.9%/漢人:52.2%)、「わからない」(ウイグル人:51.9%/漢人33.9%)。
政治的にデリケートな土地でのアンケート調査なので、回答はある程度割り引いて考えないといけませんが、少なくともここからは、ウイグル人の多くが強い民族意識をもち、さらに経済開放による民族間格差を漢人より感じながらも、分離独立運動にも政府の「厳打」にも消極的な姿勢を示していることが確認されるでしょう。漢人との格差を感じるとはいえ、ウイグル人たちも雇用の機会などにおいて、改革・開放の恩恵をそれなりに享受していることは否定できません。また、先述のように自治区では少数民族の言語で教育を受ける機会が保障されていますが、最近では中国語で教育する漢人の学校に子どもを通わせるウイグル人も珍しくありません。中国語が支障なく使えることが就職などにおいて有利であることが、これを促していると考えられます。つまり、いかに政治、経済、文化の各面で漢人・共産党への不満を募らせているとしても、一般のウイグル人の多くが中国の一部であることに、ある程度の利益を見出していることもまた、否定し難いのです。ですから、頻発するデモや暴動は、「分離独立」を求めるものというより、不満を抱えながらも漢人と共存せざるを得ないことへのフラストレーションの発現と観た方がいいと思います。そうだとすると、「分離独立」の主張は国際社会だけでなく、新疆のウイグル人たちからも受け入れられにくい主張になってきます。
5月14日の会合で、「世界ウイグル会議」が「分離独立」を正面から掲げず、中国政府による少数民族の抑圧に対する批判に終始したことは、この観点から理解できるでしょう。やはり北京と対立するチベット亡命政府が「独立」から「高度な自治」に主張をシフトさせたことも、同様に内外の支持を得やすいという戦術的配慮があると思われます。つまり、中国における少数民族問題は、「分離独立」ではなく「政治・経済・文化的な民族間格差の縮小」という次元に重点がシフトしつつある、といえるのです。中国政府は「経済成長を進めることで皆が豊かになれる」と主張しており、その場合の「皆」には少数民族も含まれます。これはつまり、経済成長を進め、その恩恵を行き渡らせることで、民族間の不和も柔らげることができる、という主張です。しかし、漢人同士の間でも、格差の拡大が深刻化していることはよく知られます。
また、先述のように、部分的とはいえ経済成長の恩恵を感じるが故に、ウイグル人が中国の一部であることを是認してきたとしても、半永久的に経済成長を続けることが不可能なことは確かで、「アメ」で少数民族を手なずける手法がいつまでも続けられるとは思えません。しかし、それでも冒頭で触れたように、中国政府は「内政不干渉」の原則を盾に、頑なな姿勢を崩しません。どこか一箇所でも崩れれば、それは「蟻の一穴」となって、中国全土の少数民族問題を噴出させかねないという危惧があるのでしょう。それは、言い換えれば、共産党体制の根幹を揺るがしかねない問題です。故に、今後とも、中国政府が既存の自治区制度を改めることは想像できないのですが、それはウイグル人のフラストレーションをますます増幅させることになると思われます。改革・開放後の中国は、他に類をみないほどのプラグマティズムで驚異的な経済成長を実現させました。しかし、こと政治的、社会的な問題に関しては、そのプラグマティズムは見事なまでに欠落しています。そして、その状態が続く限り、共産党および中国政府は自縄自縛に陥っていくといえるでしょう。(おわり)
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