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2011-05-15 00:00
「テロとの戦い」は「現代の十字軍」ではない!
河村 洋
NGOニュー・グローバル・アメリカ代表
5月10日付けの本欄への投稿「ビンラディンについては、欧米寄りでない、より公平な判断を」のなかで、吉田重信氏から、伊藤将憲氏および5月8日~9日付けの私の連載投稿への論評がありました。しかし、その論理には納得できないものがありますので、以下のとおり反論させて頂きます。
まず、第一に、私がその投稿記事のなかで米英両国を中心とした識者の見解に主として言及したのは、両国がアフガニスタンとパキスタンでの対テロ戦争に最も深く関わっているためです。その上で、私が参照、言及した論客は、欧米人ばかりではありません。まず、パキスタンのフサイン・ハッカーニ駐米大使およびワジド・ハサン駐英高等弁務官の見解にも言及しています。その他にも、カーネギー国際平和財団のアシュリー・テリス上級研究員はインド人、SAISのフアド・アジャミ教授はレバノン人であり、欧米以外の視点にも留意するよう、心がけています。
そして、第二に、これが本論ですが、「キリスト教勢力とイスラム教勢力の間の抗争という実態に面して、公平な判断をするべき日本」という吉田氏の文言には、まるで「テロとの戦い」を「現代の十字軍」ととらえているのではないか、と思われる強い違和感を覚えました。もちろん、吉田氏も「テロとの戦い」が宗教戦争ではなく、自由と秩序を重んじる国際社会と憎しみのイデオロギーを掲げる過激派の戦いであることは充分理解されていると思います。しかし「キリスト教対イスラム教」という文言を見かけた読者は、「この論者は、対テロ戦争の本質について、意識の世界では理解していても、無意識の世界では理解できていないのではないか」との疑念を抱くのではないでしょうか。
私は、上記の文言を見かけた際に、NATOによるリビア攻撃を「十字軍」と呼んだロシアのプーチン首相の発言を思い起こしました。しかし、プーチン首相がこのような発言をしたのは、欧米とのパワー・ゲームを有利に展開しようとの野望のためのレトリックであって、プーチン首相が本気で「テロとの戦い」を「現代の十字軍」と思っていないことは、明白です。ましてや、吉田氏にプーチン首相のような野望があるとは、私も思っていません。しかし、「キリスト教対イスラム教」という文言には、そうしたものをパブロフの犬のように条件反射的に連想させる危険性があります。
「テロとの戦い」が決して「現代の十字軍」ではないことを再確認するために、以下の事実を挙げさせて頂きます。イスラム過激派によるテロ活動の脅威を受けているのは、キリスト教国だけではありません。ユダヤ教国のイスラエルが対テロ戦争の重要な同盟国であるのは周知の通りです。さらに、9・11事件を機にヒンズー教国のインドがアメリカに急接近し、これが米印原子力協定を後押したことはあまりにもよく知られています。そして世界でも最も敬虔な仏教国の一つスリランカもイスラム過激派の脅威にさらされています。何よりも善良なイスラム教徒達が対テロ戦争の重要な同盟者です。イラクとアフガニスタンで現地最高司令官として指揮を採ったデービッド・ペトレイアス陸軍大将が赴任先の住民と多国籍軍の協力を重視し、それがイラク戦線を好転させたことも周知のとおりです。
最後に、第三に、政策本位の掲示板で議論すべきは「キリスト教対イスラム教」でも、「ビン・ラディンの生死」でもなく、先の拙投稿の結論で述べたような「核とテロのつながりがもたらす脅威」のような世界的な安全保障の課題ではないでしょうか?パキスタンのような核保有国が、オサマ・ビン・ラディンの潜伏先として野放しとなったことは、世界の安全保障上の重大な脅威です。まさに、これこそが、論じられなければならない「核不拡散の危機」です。また、日本独自の立場をそこまで強調されるなら、唯一の被爆国としてパキスタンの失態を厳しく問いかけて行くことこそが、強調されなければならないことだと思います。私としては『議論百出』のみならず、『百花斉放』、『百家争鳴』でも、この問題が十分に議論されていないことを残念に思っています。特に、中東問題の専門家の方々なら、私よりもはるかに深い議論ができるのではないでしょうか?
以上の3点に鑑みて、無意識に「テロとの戦い」を「現代の十字軍」と見なしてしまえば、本当に議論すべき政策課題から大きく外れた議論に陥ってしまうのではないでしょうか?そうして見ると「キリスト教勢力とイスラム教勢力の間の抗争という実態に面して、公平な判断をするべき日本」という文言を看過するわけにはゆかず、今回の反論となりました。
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