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2011-02-20 00:00
(連載)『産業構造ビジョン2010』を読む(1)
池尾 愛子
早稲田大学教授
さる2月17日に開催された日本国際フォーラムの国際政経懇話会にて、経済産業省の柳瀬唯夫大臣官房総務課長から「我が国長期低迷の原因と再生のあり方」と題する、興味ある報告を聴いた。この会合自体はオフレコを前提としているので、その会合の内容については、日本国際フォーラムのホームページ(http://www.jfir.or.jp)の「国際政経懇話会」欄に掲載されている「メモ」以上の詳細をここで発表するわけにはゆかないが、会合の席上参考資料として配布された経済産業省産業構造審議会産業競争力部会の報告書『産業構造ビジョン2010』(2010年6月発表)が興味あるものであったので、ここではその概要を紹介するとともに、私の読後感を披露してみたい。
なお、上記の産業競争力部会は、2009年12月に当時の直嶋経済産業大臣のもとで「今日の日本の産業の行き詰まりや深刻さ」を踏まえ、「日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか」について、議論をするために設置されたものであり、部会には経済界、労働界、消費生活アドバイザー、学識経験者などが入り、経済産業官僚たちが主体的に議論を深めたようだ。報告書は「日本の産業を巡る現状と課題」についてビジネス・コンサルティングをするかのようにわかりやすくまとめ上げられていて、新たな政府の役割の提案が提言の中に盛り込まれている。そして、『新成長戦略実現2011』(2011年1月閣議決定)にもその分析内容は反映されている。『産業構造ビジョン 2010』については、
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/index.html を、
『新成長戦略実現 2011』については、http://www.meti.go.jp/topic/data/growth_strategy/jitsugen2011.htmlを参照ありたい。
産業競争力部会での検討において最も重視されたのは「世界の中で日本の産業の現実を直視すること」で、同報告書は、日本経済が「質」「量」ともに世界の中での相対的地位を低下させているという事実認識の叙述から始まっている。例えば一人当りGDPについて、日本は2000年には3位であったが、2008年には23位になった。また国際経営開発研究所(IMD)の国際競争力ランキングでは、日本は1990年に1位であったが、2010年には27位であった。背景には、世界の主要プレーヤーが変化し、成長市場が変化し、競争を支配する環境が変化したことがある。新たな政府の役割としてコンセンサスを得られそうなのが、インフラ関連のシステム輸出(水、原子力、鉄道等)であり、官民が連携して準備ができれば、外国の官民連合あるいは公団と競争しても、新たなビジネス機会を獲得できる可能性があるとして、複数の民間コンソーシアムの形成が考慮されている。そして、技術力をビジネス(収益力)に活かすように、「企業は『どの基幹技術をブラックボックスにし、どの部分をオープンにして国際標準化を目指すか』の事業戦略を構築しなければならない」という分析・提言をしている。また、日本で法人税減税が必要とされる理由は、企業が国家を選ぶ時代になっており、法人税が相対的に高い国からは企業が出て行く可能性が高いからである、という主旨の説明も明快である。
『産業構造ビジョン 2010』報告書が注目する分野としては、インフラ関連システム輸出のほかに、環境・エネルギー課題解決産業があり、文化産業立国が提案され、医療・介護・健康・子育てサービス、先端分野も含まれている。日本の産業を支える横断的施策として注目されるのは、国際水準を目指した法人税改革、付加価値獲得に資する国際戦略のほか、日本のアジア拠点化総合戦略、収益力を高める産業再編・新陳代謝の活性化、ものづくり「現場」の強化・維持、新たな価値獲得を生み出す研究開発の推進、産業全般の高度化を支える情報技術(IT)、産業構造転換に対応した人材力強化、成長を創出する産業金融・企業会計と、これまた包括的である。同報告書は発表と同時に、政策志向の経済学者たちの注目を引いたようである。「日本の産業を巡る現状と課題」についての分析は情報提供的でわかりやすく、新しいビジネスモデル(民間および官民連携)の提案についても納得のいくものではあると感じられたようだ。しかし、政策提言の内容(あるいは提言のしかた)には疑問を持った人たちが少なからずいたようである。(つづく)
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