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2011-01-26 00:00
「ロシアで起きたテロ」のブラックジョーク
大富 亮
チェチェンニュース発行人
本当に、ロシア政府の行動はすばやい。さる1月29日に発生した、モスクワ・ドモジェドボ空港での爆破事件の際、ただちに世界中のテレビに爆破現場の映像が公開された。もちろんこれは、爆発現場に、監視カメラが、偶然設置してあったためである。そして、すぐ翌日には「チェチェン共和国出身の3人の男を犯人である可能性が高い」と発表した。アンナ・ポリトコフスカヤ殺害事件を4年以上放置し、いまだに犯人の目星もつけられないロシア政府とは、到底思えないほどの、高い捜査能力に、ついため息が出る。モスクワのアパート爆破事件も、事件から12年になるが、いまだに犯人がつかまる気配すらない。
多くの虚偽発表を繰り返してきたロシア政府の発表を過信するべきではない。
さて日本では、1月26日付けの読売新聞の社説「ロシア空港テロ:憎悪の根を絶つ努力も必要だ」が、この事件の背景として、「ロシアの支配に対する(チェチェン人たちの)積年の不満が、終息しないテロの背景にはある」と、正しく指摘している。1月25日の東京新聞をはじめ、日本の各新聞には、この空港爆破事件に関連して、「ロシアで起きた主なテロ」という表が掲載されていたが、この種の年表には基本的な問題がある。というのも、これは「チェチェン人がどれだけロシア人を殺してきたか」を説明する資料であり、その逆ではないからだ。こういった表での犠牲者数を合計しても、今までチェチェン人による「テロ」で死んだロシア市民の数は1千人を越えない。しかし、ロシア軍による対チェチェン軍事侵攻で殺されたチェチェン人の数は20万人以上にのぼる。桁が違うのである。したがって、こういう表からは、問題の全体像は読み取れない。
犠牲者の数だけを比較して、「チェチェンの方が多いから、ロシアの方が悪い」などと言いたいわけではない。問題は、一つ一つの事件が、どのような文脈の中にあるのかについて、正確な理解ができなくなってしまう恐ろしさにある。このように、テロの脅威を、ロシア側(現地政府・治安当局)の視点に立って宣伝する日本の新聞社、通信社の姿勢は、チェチェン問題に限られたことではない。日本国内でも「記者クラブ制度」などを通じて、日本のメディアは政府と一体化している。その結果、「モスクワ劇場占拠事件」での犠牲者129人のほとんど全員が、ロシア治安機関が使った毒ガスで殺されたことも、日本では歪曲して伝えられている。ある新聞の年表では、「特殊部隊が人質を解放したが、129人が死亡した」という。人質たちは天国に「解放」されたのだろうか。ひどくブラックなジョークである。「ベスラン学校占拠事件」の犠牲者330人も、ロシア政府が犯人たちとの交渉を拒否し、きわめて強引に地上部隊を突入させたからだった。そのことも、まるでチェチェン人側の責任であるかのように書かれることが多い。これも公正な記述とはいいがたい。
以上、日本での独特な事例を述べてみた。しかし、世界全体でのチェチェン問題の理解も十分とはいえないだろう。「アルカイダとチェチェン人が連携している」などといった事実無根の報道も、度々見られる。15年以上にわたる対チェチェン軍事侵攻の歴史の中では、モスクワの傀儡となったチェチェン人が、同じチェチェン人の人権を侵害するなど、状況はたしかに複雑なものになっている。しかし、この紛争の基本的な性格は、帝政ロシアによるコーカサスの武力征服に端を発するものである。今日の紛争は、その時以来、チェチェン人の人権と民族自決の権利がロシア人によって不当に侵害されているために続いていることは言うまでもない。世界の人々に、このことを直視してほしいと、心から願うものである。
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