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2010-11-04 00:00
情報不足で、菅は「裸の王様」
杉浦 正章
政治評論家
「良薬は口に苦く、忠言は耳に逆らう」というが、首相・菅直人は、剛直ではばかることなく直言する「骨鯁(こっこう)の臣」がいないのだろう。だから、人に会う度に「情報がない」とぼやくのだ。首相に情報がないとは、中国やロシアが聞いたら喜ぶ“情報”であろう。菅発言は、自分では気づいていないだろうが、官邸で自らを取り巻く者達を否定するものでもある。たしかに、情報が命の政界で、他人より首相の情報が遅いのは由々しきことだ。「情報がない」という情報だけで、短命政権を予想できる。首相を取り巻く情報網を再構築しなければ、とても長続きしまい。菅は少なくとも2回ぼやいている。10月27日夜、民主党の前参院議長・江田五月らに「官邸にいると情報がなかなか入らない」。11月2日菅氏支持の民主党議員グループの会合で「首相官邸は情報過疎地帯だ。役所で取りまとめたものしか上がってこない。とにかく、皆さんの情報や意見を遠慮なく私のところに寄せてほしい」。いかに菅への情報が枯渇しているかを物語っている。しかし江田や若手議員らに「情報をよこせ」と言うのは、八百屋でタコを「よこせ」というような無い物ねだりだ。与太情報ならない方がいい。
菅の発言から見ると、情報戦争に当たって首相秘書官、最近うようよいる官邸官僚、外務省、内閣情報調査室、警察、検察などが機能していないことを物語っている。官邸は、端的に言って公家の右往左往だ。外務省は「政治主導」が怖いのか、保身か、なぜか戦後まれな無能ぶりだ。裏情報の内調は、いい時と悪い時と極端だが、菅発言から見れば、いまはどうも悪い時ということのようだ。警察、検察はもともと伝統的に左翼がいっぱいの民主党は嫌いだ。「役所で取りまとめたものしか上がってこない」というのは、ありきたりの情報しか来ないと言うことだ。政界にせよ、マスコミ界にせよ、情報戦争の世界は、いかにトップに情報を「上げないか」の世界だ。官邸キャップがバカ記者を相手にしないのは、1から10まで皆報告するから、付き合っていられないのだ。情報の世界はトップに上げる前に精査して研ぎ澄ませて、「これを上げれば、こう反応する」まで読んだうえで、耳に入れるのだ。
過去にそういうことができる首相秘書官が2人いた。1人は佐藤7年政権を支えた楠田實。もう1人は小泉5年政権を支えた飯島勲だ。とりわけ、産経新聞のデスクから引き抜かれた楠田はすごかった。記者夜回りで官房長官・愛知揆一が酔っ払って暴言を吐いたことが、翌朝佐藤の耳に入っていたほどだ。佐藤が「地獄耳」と言われたゆえんである。いずれもマスコミに独自の情報網を抱え、電話一本でその報道機関が抱える最高の政治情報を知る事ができた。もちろん、判断力がなければ与太情報を首相に入れることになる。楠田は「情報はいかに捨てるかだ」と漏らしていたが、その通りであろう。飯島も、メディア戦略や情報操作に長けていた。また民主党政権の自業自得ぶりも明白だ。事務次官会議を廃止し、人事上事務次官を軽視する政策が象徴するものは「役所の情報など不要」ということにつながるのだ。情報伝達はトップに向かって上がる毎に研ぎ澄まされていかなければならないのであり、そのトップをないがしろにすれば、役所の情報網も“ばらける”。
だから普天間問題が起き、戦後最大の対中屈辱外交が起きたのだ。事務次官会議は単なる会議ではない。情報交換、調整の場でもあった。「それは総理の耳に入れておいた方がいい」と他の次官から忠告され、会議後事務次官が首相の部屋を訪れる例など、数知れない。その我が国最大・最強の情報ルートを断ち切ったのが民主党政権だ。宝の持ち腐れとは、このことを言う。菅自身の自業自得もある。情報収集は怒ってはおしまいだ。部下は情報を入れて怒られるなら、入れないでおこうという道を選択する。「ニューヨークでのイラ菅爆発」を諫める秘書官がおらず、逆にそれを東京に伝えたから、拘留期限前の船長釈放という事態へと発展したのだ。尖閣事件では、情報の平衡感覚があるものがそばにいたなら、「政治主導があったことは確実にばれます」と諫めるだろう。自らそういう側近を作らなかったか、作れなかったことが、菅の限界なのだろう。要するに狭量なのだ。だいたい首相たるもの「情報がない」などと自らの能力欠如を口にすべきではない。田中角栄ですら「首相になると裸の王様だ。1年たつとキツネが憑(つ)いたようになり、椅子に天地逆に座っていても気づかない」と述べていたが、菅の情報不足ははやくもキツネが憑く前兆かも知れない。
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