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2010-04-30 00:00
計量経済学史研究への期待
池尾 愛子
早稲田大学教授
4月23-25日にアメリカのデューク大学で開催された国際会議(テーマは「計量経済学史」)に参加してきた。会議のスポンサーは学術雑誌“History of Political Economy”で、組織者とテーマを替えて毎年開催されている。今回の参加者18人のうち11人がヨーロッパ在住者であったため、アイスランドからの火山灰の影響で一時は会議の成立が危ぶまれた。しかし、16人が会議場に参集し、予定されたフライトがキャンセルされた2人がオンラインで参加したので、ほぼ予定通りの内容で会議を開催することができた。また、北京出身でイギリスの大学で教鞭を執る研究者、台湾の研究者が初めて参加して、歴史をテーマとする会議で議論し、交流できた意義・経験は大きいと思う。
計量経済学史は広くいえば経済学史の領域に入る。しかし、思想史とは異なり、データの収集、コンピュータを使った計量分析という実践的活動、そして統計学の発展が、計量経済学の展開と分ちがたく結びついている。「理論なき計測」という批判をものともせず、理論とは関係なく研究が進展してきた部分がかなりあるという事実があり、そして経済を理解するための「事実の収集」の大切さを強調する計量経済学者たちがいる。実際、計量経済学研究そのものがプラグマティクス(実用主義)で特徴づけられるといえ、どのようなタイプのプラグマティズムかを説明することが必要とされる。二次元グラフやその形成を見ながら識別問題が考察され、データを見ながら新しい分析が開発されてきた。例えば、クロスセクション分析での研究からパネルデータ分析が登場したことも興味を引いた。
インフレと失業のトレードオフ――失業を減らそうとするとインフレが昂進する傾向がある――を示すフィリップス・カーブの歴史はよく注目されてきたが、これ自体は経験的研究とよべても、計量経済学的分析とはいえない。イギリスの経済学者フィリップスが1958年の論文で注目したのは、貨幣賃金率の上昇と失業の関係であった。アメリカにおいて、サミュエルソンとソローが1960年の共同論文で、インフレと失業のトレードオフに着目したのであった。そこで、「インフレ問題が注目されるようになったアメリカで、フィリップスの理論が政治化された」とまとめられた。学部生向け教科書に載るような政策分析が登場し、学部レベルを超えた高度な計量経済学分析が進展し始めていたことも注目された。この頃、真空管で動く最後のモデルと思われるコンピュータ「IBM650」を駆使した計量経済学研究に携わっていた研究者たちが、国籍を越えて存在していたことも注意を引いた。日本のフィリップス・カーブが登場したのは、インフレが政治問題化した1970年代であったといえよう。
日本の計量経済学の特徴はといえば、政府・公的部門によるマクロ計量モデルの構築が非常に熱心に行われてきたことと、政策形成のニーズに対応する形で経済データが収集されてきたことに見出される。遡れば、1930年9月に東京で開催された国際統計協会の大会も注目を引き、ヨーロッパで活躍していた統計学者だけではなく、中国の統計学者、各国の統計官も来日していたことを、強調すべきことに後で気づいた。日本の長期経済統計も利用可能であり、古くその伝統は豊臣秀吉の太閤検地まで遡ってもよいようだ。江戸時代の堂島米穀取引所では先物、先渡しが世界で初めて行われ、現代的計量分析が可能なほどよく組織されていたことも、何とか加筆したいと思う。
台湾のスーパースター計量経済学者・劉大中(Ta-Chung Liu、1914-1975)を扱った論文も興味深かった。劉は1944年のブレトン・ウッズ会議に中国代表として参加したあと、台湾でマクロ計量モデルを作成するなどして、政府の政策形成に貢献したほか、識別問題についての研究論文を書いていた。また、計量経済学を集中講義するために、北京、廈門を訪問する学者たちがいることも話題になった。社会科学分野、歴史分野においても、経験科学としての特徴を前面に出し、政治体制の相違も国有財産の多寡で示すなどして、数量化できるものは数量化して分析し、事実を基礎にして議論することに集中すれば、如何なる状況でもかなり生産的な研究交流が可能になるような感想も得た。計量経済学や統計学には、現代ファイナンス理論が絡む部分もあり、その歴史的研究はこれからも積極的に継続されていくことであろう。
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