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2009-09-10 00:00
(連載)北方領土の国後、色丹両島を訪ねて(2)
茂田 宏
元在イスラエル大使
国後島での意見交換会では、択捉島側の受け入れ拒否表明も話題になったが、ロシア側は「どこにもバカはいる」ということを述べ、ビザなし交流の継続を強く望んでいるとの姿勢であった。ロシア側から、地方行政当局間で経済活動を共同で行うべしとの意見があった。司会のロシア人が「国後の状況は良い」と発言したのに対し、ロシア側参加者から「医療の問題その他、世界と比べ、かつ日本の状況と比べ、立ち遅れている」という意見が出された。ロシア人側から「1950年代からここに住んでいる」という発言があったのに対し、日本側団員から「1945年までここに住んでいた日本人のことを忘れないでほしい」と述べたのに対し、「忘れない。そういう人には尊敬心を持っている」との回答があった。
ホーム・ビジットでは、このビザなし交流を通じて「日本人と我々は共生できる」と確信したとの話が、モナストィルスキーさんからあった。コワリ地区長と夕食会の際、近くなので話したが、ビザなし交流の継続を希望していた。コワリ地区長もモナストィルスキーさんもウクライナ人である。国後の日本人墓地は去年訪問した択捉島の日本人墓地に比べ、貝殻で墓の前面を飾り、花を植えるなどよく整備されていた。何度も訪問している通訳に聞いたら、国後では地元の人が清掃などしてくれているとの話で、かって住んでいた人に尊敬の念を持っているというのは、そういうことかと思った。択捉では、地元の人はそういうことをしていない由。
国後と択捉で対日住民感情に違いがあるのかもしれない。なお住民との交流会は竹馬、剣玉、折り紙、習字、竹トンボ、紙風船などで遊ぶというものであったが、子供たちは大いに楽しみ、大人も喜んでいた。色丹島での交流夕食会も、歌や踊りで盛り上がり、良かった。ビザなし交流は北方領土在住ロシア人がその意義を認めており、定着していると判断してよいであろう。人間的な理解増進の目的は達成されつつある。人道支援については、帰りの船には病気治療で北海道に行く子供とその家族が一緒に乗っていた。
国後でも、色丹でも、子供の数が多いのには驚いた。出生率が高くなっているという説明であった。ロシア全土で出生率が低迷しているなかで、不思議な現象である。開発は、舗装道路もなく、それほど進んでいるとは思わなかった。ただ、メンデレーエフ空港では2000メートルの滑走路、ターミナル・ビルの建設が進んでいた。インフラ建設について金融危機が予算に影響しないか、と心配する声もあった。根室に帰着した時には、民主党の選挙での圧勝が事実となっていた。記者会見で新政権への期待を質問されたので「外交は国家の外交であって、1政権の外交ではない。継続性の尊重が日本の国際信用の維持のためにも必要であり、外交の継続性を尊重し、4島返還の要求を堅持することを期待する」と述べた。(おわり)
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