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2009-08-10 00:00
(連載)現代アメリカの金融理論と金融政策(4)
池尾 愛子
早稲田大学教授
1994年2月、ソロモン・ブラザースのジョン・メリウェザーに、やがて1997年にノーベル賞を受賞することになるマートンとショールズが加わって、ヘッジファンドのLTCMが発足した。彼らの裁定取引は、価格と本来の価値との格差でサヤを取ろうとして、大量の細かい取引を繰り返すための自動化プログラムを駆使するものであった。10億ドルから始まった資金は、ブラックの死後になるが、1997年12月には75億ドルになった。しかし1998年8月に、ロシア政府が対外債務の一時支払停止を宣言したあと、国際金融市場が大混乱し、彼らはリスク・コントロールに失敗した。
予想外の事態が相次ぎ、9月23日にはニューヨーク連銀のマクドナー総裁がLTCMに融資していた主要金融機関を呼び寄せて、救済融資を要請し、金融機関側はLTCMを清算する代わりに、残存資産を引き受けて、事態を収拾したのであった。冒頭に書いたように、ブラックは加入を固辞したのであるが、「あれはリスクが多すぎる」との判断したためであった。彼は「事業の存続に関わりかねない重大なリスク」を考慮し、そうした事態が発生したときにリスクを処理しきれるかどうかを考えていたといえよう。
今や、精緻な自由市場に慣れない政府などが想定外の行動をとるリスクや、コンピュータ・ネットワークのセキュリティ(安定性・安全保障)も考慮に入れて、対策は組まれるべきであろう。アメリカの金融産業・金融市場が競争力を維持する限り、米ドルの優位は揺るがないように思われる。観点を変えれば、アメリカの政府・金融界には、監視強化を除いては、積極的に規制を導入するインセンティブはないように思われる。監視監督強化については、マードフによるポンツィ金融(ネズミ講型金融)が違法であり、しかもその初期に注意喚起する国会議員がいたにもかかわらず、摘発が遅れて被害を大きくしたことが、大いに反省されている。
それに対して、科学研究の成果としての金融業に規制をかけることは、発明とその応用の機会を奪うことにつながる。それよりも、監視を強化し、消費者教育(住宅ローンは毎月返済できる範囲で行うべきなど)を向上させ、格付け機関に厳しい規制をかけることが望ましい。さらに、大きなアノマリーや違法行為の発生を見逃さず、市場やその参加者に甚大な影響が及ぶことを防ぐことが望まれる。LTCM破綻の経験に照らせば、大きなアノマリーを引き起こしうる人々とは、敵対するより、握手をして、情報を交換する方がよい。もちろん、自由競争を基盤とする精緻な金融メカニズムを理解してもらえれば、それにこしたことはないといえよう。(おわり)
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