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2009-07-28 00:00
(連載)リーマン・ブラザーズ破綻をめぐって(2)
池尾 愛子
早稲田大学教授・デューク大学シニア・フェロー
アメリカで当局の政策に対する批判に近い発言を私が聞いたのは、4月29日のスウェーデン中央銀行総裁ステファン・イングヴス氏のデューク大学院生向け公開講演会のことになる。スウェーデンはEUには加盟しているが、ユーロは導入していない。イングヴス氏は同国金融政策委員会の委員長であり、国際通貨基金(IMF)で働いた経験を持ち、バーナンキ米FED議長との共同論文を持つので、アメリカと直結しているといえる。中央銀行政策を概説したあと、昨年からの信用市場関連データを披瀝し、スウェーデンのような小国ではリーマン・ブラザーズ破綻による悪影響は明瞭であり、極めて深刻であると、彼は強調した。アメリカでのトレーダーの給与体系が近視眼的に過ぎるなど、金融機関のガヴァナンスに大きな問題があると、経済系の大学院生たちを前に声高に批判したのであった。1990年代のスウェーデンでの深刻な住宅バブルとその顛末が事前にはテーマになっていたので、司会者がそちらに振り向けようとすると、「社会保障の整っている国スウェーデンでのことは、そうでない国アメリカでのこととは比較してはならない、どちらが深刻かという議論などすべきではない」と一蹴したのであった。
リーマン・ブラザーズは破綻させずに救済するべきであったと、国際経済学者クルーグマン氏(プリンストン大学)が『文藝春秋』(4月号)で明言しているのを私が知ったのは、5月頃であったと思う。今年3月頃から月遅れで同誌を拾い読みしていたが、周りのアメリカ人経済学者はこのインタビュー記事は知らなかった。アメリカでは、当局の政策を批判することができるのはごく一部の人たち(野党関係者と、政策を専門とする経済学者)に限られるようで、一般のマスメディアはその取扱いに極めて慎重である。アメリカ国内が分裂している印象を内外の人々に持たせたくない、という配慮が働いているように思われる。
アメリカ当局の対応を振り返ろう。1月20日に新政権が誕生した。政権交代による政策変化は、4-5月頃になって安全保障や情報分野などで一挙に顕在化し始め、政権交代のインパクトには物凄いものがあると感じるようになった。それに対して、金融対策・不況対策は後手に進行しているようで、政権交代よりも、選挙戦による遅延の影響の方が大きいように思われた。6月17日のオバマ大統領のスピーチでは、「自由市場の力がアメリカの進歩のエンジンであり、歴史上類のない繁栄の源泉となってきた」と謳われた。規制改革については、市場の監視を促進するような方向のものが示唆されている。一般には見えにくいものの、政府の金融安定ウェブサイト "financialstability.gov" に具体的な詳細が発表され続けている。ガイトナー財務長官が18日に議会で証言した際の一節「この改革が実施されていれば、リーマン・ブラザーズは破綻させなくてすんだはずだ」は、繰り返し放送されていた。昨年9月17日あたりの報道を思い出し、何だか苦い思いをしながらこれを聞いたのは、私だけではなかったであろう。
金融の自由化が進み、正確なリスク把握と先端的金融工学に基礎づけられた緻密な計算を前提とする金融商品がいったん出回ると、それらが存在しなかった過去に戻ることは困難である。科学的研究の成果を享受できる機会は均等でなければならない。とはいえ、20世紀半ば以降、金融分野は専門家たちがひしめいている。上記スピーチでも、(リスクを含む)金融の知識の普及と、専門家・規制当局の説明責任の励行が肝要であることが強調されている。つまり、自己責任が問えるような状況になければならないのである。他方で、熱狂する市場参加者の行動を研究する行動経済学も注目され、科学的成果の一層の利用による問題解決の方向も模索されている。これについては、5月21日付け本欄に紹介した国際会議でも注目されていた。最後に、金融アーキテクチャの再編全体の行方について、現存する国際経済機関の態度、金融サミット、米中の戦略・経済対話など「観察可能」なものは「観察」していく必要があるであろう。(11月12日一部訂正)(おわり)
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